地域住民の理解を深めて 筑波大学の永田恭介学長

学校部活動の地域移行と未来テーマに「イマチャレコンベンション23春」開催

永田恭介氏

イマチャレコンベンション23春がオンライン配信で行われ、メインセッションで筑波大学の永田恭介学長による講演が行われた。以下はその要旨。

エンターテインメント性持つスポーツ

学校部活動の地域移行が叫ばれているが、形だけができても駄目だろう、本当の意味で魂のこもったものにするには、令和7年という目標では届かない。もう少し時間がかかるものになる。移行に積極的な学校、消極的な学校といろいろある。地域のスポーツ活動を自治体とか産業界がそれぞれの立場で理解し、地域住民の理解が進むかどうか、進展度合いに大きな差ができてくるのではないか。

もっと重要なのは、何気なく「学校スポーツ」という言葉があちこちで出ているが、日本に染み付いているのは明治時代から行われている「学校体育」だ。それが、学校スポーツという言葉に変わってきていることに危惧を抱いている。地域移行を本気で考えるなら、「体育とは何か」「スポーツとは何か」という原点に立ち返って考え、共通理解をしていかないと無理が生じる。

明治から昭和にかけて日本の講道館柔道の創始者であり、スポーツ・教育分野の発展、日本のオリンピック初参加に尽力し「柔道の父」「日本の体育の父」と呼ばれる嘉納治五郎(1860~1938年)氏は明治時代にスポーツとは「健康増進という意味での体育に加えてエンターテインメント性、競争性が無いといけない」と明確に定義している。エンターテインメント性というのは、自分が楽しければ良いというのではなく、周りのファン、競技運営の裏方さん、観客も引き込んで楽しむというものでなければならない。

室伏長官の話は、ヨーロッパ型の多種目を包含したクラブチームに近いもの、地域全体でスポーツを皆で支えるという像が語られ、分かりやすかった。自分ならどうするかと考えると、「子育て支援の街」に積極的に移住したりする。「ここの街がいい」とスポーツ支援の街に移住しようというくらい、夢が持てる街づくりに力を注いではどうだろうか。

スポーツは選手だけでなく、指導者、裏方さん、運営する人、支援者、など関係するありとあらゆる人の協力で成り立っている。そういった概念が地域スポーツの概念の根底にある。

学校の義務教育の段階で、すべての子供たちに同じような環境を与えてあげればよいが、限界もある。地域移行となると、学校だけではできないことを“市場”に投げ掛けることになると、指導者への謝礼、施設の使用料、運営費の問題が起きる。保護者の理解を得ることが必要になることもある。そういった時に、地域移行の“旗振り役”の方に「心に刺さるもの」をやっていくことによって、さまざまな支援をしてくれる人が増えていくと思う。大切なことだ。

(太田和宏)

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