北海道の縄文文化に関心持って

「さっぽろ縄文探検隊」10周年記念講演会

講演した元北海道考古学会会長の大島直行氏(中央奥)=11月12日、紀伊国屋書店札幌本店

昨年7月に北海道・北東北の縄文遺跡群がユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産に登録されて1年余りが経過する中、さっぽろ縄文探検隊(代表、藤田慎也氏)はこのほど、設立10周年を節目とする記念講演会を開催した。北海道内には世界文化遺産に登録された遺跡以外にも多数の縄文遺跡が存在し、それらの遺跡にも関心を持つことが重要だと訴えている。(札幌支局・湯朝肇)

「縄文時代を理解するには遺物の形態や編年と共に精神・世界観探ることが必要」

元北海道考古学会長の大島直行氏が強調

参加者から地域性のある質問相次ぐ

「これまでの考古学は土器や石鏃(せきぞく)など遺物の形態や遺物の年代といった編年に終始するきらいがありました。しかし、縄文時代を真に理解するためには、縄文時代の精神・世界観まで探る必要があるのではないでしょうか。これからの縄文研究の課題はそこにある」――こう語るのは元北海道考古学会会長の大島直行氏。11月12日、紀伊国屋書店札幌本店・インナーガーデンで開催された記念講演の講師として招かれた大島氏は「縄文人は何を何に象徴したのか」をテーマに1時間半ほど講演した。

この中で大島氏はまず、縄文人の世界観を研究するきっかけを語る。というのも同氏の縄文研究が考古学会の中で異質なものとして見られているからである。

「私は長年、今回世界文化遺産に登録された北黄金貝塚のある伊達市の噴火湾文化研究所で所長をしておりました。その時、ドイツの人類学者ネリー・ナウマンが著した『生の緒~縄文時代の物質・精神文化』と出合い、衝撃を受けたことが始まりです。ナウマンが特に力を入れて読み解いたのが縄文時代の土偶です。彼女は縄文人の象徴の中核にあったものの一つが『月』であることを突き止めました。ひと月ごとに形を変える『月』の運行を再生と不死のシンボルとして土偶や土器に表現して『死』という不安を克服していったと説いています。それは土偶研究の新たな地平を切り開くものでした」と語る。日本の考古学会は石鏃や石槍、土器など遺物の形態や作成時期の特定に終始する様式・編年主義、さらに唯物主義に終始しているが、むしろ神話や民俗学、文化人類学、さらには脳医学といった幅広い視点からの研究が重要だというのが大島氏の持論。

「私も長い間考古学者として全道、全国の遺跡を回り研究し論文を発表してきましたが、ナウマンと関わり、それまでしっかりとした『前提』もなく研究を続けていたことに気が付き愕然(がくぜん)としました。竪穴住居一つを取って見ても果たして住居だったのか疑問が残ります」と説明する。大島氏によれば『再生』『不死』へのシンボライズという視点で縄文世界を見れば、また竪穴住居や貝塚や河川、さらに環状列石、周提墓などすべて読み取ることができると強調する。

この日の講演会にはおよそ40人が参加。参加者からは、「縄文時代は1万3000年以上続いたとされるが、科学的に証明されているのでしょうか」「縄文文化のような文化は世界に類例がないのでしょうか」といった基本的な質問から「北海道は弥生文化がなく、縄文の次は続縄文時代となっている。両時代の違い、あるいは境目はどのように判断すべきなのか」といった地域性のある質問が相次いで起こった。

さっぽろ縄文探検隊は、2012年9月に設立し、これまで札幌市内にある縄文遺跡の探索やセミナーなど定期的に行ってきた。代表の藤田氏は「新型コロナウイルスによる感染拡大で活動を停止せざるを得ませんでしたが、今年に入り、ようやく活動を再開してきました。今回の講演会は今年に入って2回目です」と語り、加えて「北海道は歴史が浅いといわれるが、北海道ほど縄文遺跡の多いところはありません。札幌市内だけみても500カ所以上の縄文遺跡が見つかっています。そうした視点で見ると北海道は歴史が浅いのではなく悠久の歴史を有していることが分かります。これらの歴史的財産に対して多くの市民に関心を持ってもらうためにも積極的に活動を展開していきたい」と語り締めくくった。

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