北海道博物館学芸員 高橋佳久氏が笹川科学研究奨励賞を受賞
博物館や文書館・美術館での大敵といえば、古文書や書籍・絵画などの素材となっている紙を食い荒らす文化財害虫が挙げられる。当然、全国各地の博物館でも害虫対策を取っているものの明確な対処法は確立していないのが実情だ。そうした中で北海道博物館学芸員の高橋佳久氏は、ニュウハクシミと呼ばれる害虫に対し、低コストの予算で防除できる防除方法を開発し、このほど公益財団法人日本科学協会の笹川科学研究奨励賞を受賞した。(札幌支局・湯朝肇)
古文書など文化財保護に貢献
「図書館や博物館・文書館など書籍や古文書など紙資料の永続的保存を脅かす要因は物理的・化学的・生物的要因があります。その中で一番の要因となるのが文化財害虫による生物的要因で、一度被害に遭うと資料を元に戻すのが極めて困難な状況になります」
こう語るのは北海道博物館学芸員の高橋佳久さん。2022年から同館の文化財保存科学担当に着任し、以来、害虫の防除対策の研究に取り組んできたという。「昨今、ニュウハクシミという害虫が日本でも発見され、生態研究が続けられてきました。その結果、この害虫はメスだけでも単為生殖が可能なことが分かってきました。22年時点で北海道以外に東京や宮城県など複数の都府県で発見されており、文化財保存担当の学芸員としては何とか対策を講じなければという思いで研究を始めました」と高橋さんは語る。
まず、高橋さんが行ったことはニュウハクシミの目視による生態調査。それによれば、ニュウハクシミは収蔵庫の壁面は簡単に登ることができるが、平滑な面を持つ容器などは登ることができないということが明らかになってきた。さらに「シミ類の害虫が平滑な面を登れないことが科学的に立証されれば、収蔵棚や容器を大きく変えることなく防除対策ができるのではないか」と考えた。
そこで高橋さんは、博物館内で生息するニュウハクシミを捕獲、電子顕微鏡を使い、脚の構造を観察すると同時に、ニュウハクシミの行動を常時監視するために赤外線カメラを用いた監視システムを構築した。赤外線カメラを用いた理由はニュウハクシミが夜行性であるためだが、監視期間は23年7月から11月までおよそ4カ月間に及ぶ。観察の結果、ニュウハクシミはゴキブリやハエのように脚の先端の爪と爪の間に盤(吸盤のようなもの)を持たないこと。従って、「平滑でなおかつ垂直面で自由に移動することは極めて難しいことが示唆された」(高橋さん)という。
また「実際にポリスチレン製の容器にニュウハクシミを入れても脚が滑って自由に動き回れないことが確認できた」とも話す。「この観察結果は使える」と確信した高橋さんは市販されている500㍉㍑炭酸飲料のペットボトルとPTFE(フッ素樹脂)テープ、発泡ポリスチレンを組み合わせた、かさ上げ方法でニュウハクシミの侵入阻止を考案。
すなわち、ペットボトルの底部を切り取り、それを発泡ポリスチレンの4カ所の脚としてはめ込んで荷台にし、さらに資料を保存する収納箱にはPTFEテープを張り付けてニュウハクシミの侵入を防ぐというもの。耐荷重試験や指定可燃物の基準値検査などさまざまな試験もクリアしていった。この防除方法のメリットは何よりも低コストで仕上げることができることである。
この調査開発研究は、23年度に公益財団法人日本科学協会の笹川科学研究助成が採択した319人の助成研究の一つであるが、そのうち16人が研究奨励賞を受賞。その中に高橋さんの研究も選ばれた。ちなみに、道内の学芸員の受賞はこれまで2人で同館の受賞は初めてのことである。
今回の受賞について石森秀三館長は「博物館の役割は研究、教育そして啓蒙(けいもう)普及など多岐にわたっているが、そうした中で資料の保存管理は次世代に研究をつなぐという点からも重要な仕事。シミという害虫を対象にした地味(ジミ)な研究だが、評価されて当館としても喜ばしいことだ」と、うれしそうに話す。