雪渓の冷水、花々に癒され天然クーラーの中を進む
体力・時間考え下山、初心者には“曲者”
出羽富士とも呼ばれる鳥海山を、秋田県側で最も古い歴史を持つ矢島口(やしまぐち)から7月中旬に知り合い数人と登った。谷沿いの行程が多く、7月中旬までは半分ほどを雪渓登りが楽しめ、天然クーラーの中を進んでいくかのよう。登山道はしっかり整備されているが、さすが火山の山だけあって岩場が多い。花々や飛び回るトンボ、小川の冷水に勇気づけられ進んだ。今回は時間と体力が追い付かず9合目を過ぎた辺りで下山したが、雄大な鳥海山の魅力の一端に触れることができた。
5合目の祓川(はらいがわ)までは車で行く。キャンプ場とヒュッテがあり、前泊しての登山者もいる。標高約1200㍍から登山開始。
目の前に竜ヶ原湿原が広がり青紫色のヒオウギアヤメが美しく、奥に山頂が見える。散策路を出ると本格的な登山道だ。
ダケカンバの樹林を過ぎ、6合目の賽(さい)の河原付近から雪渓が現れる。コース全体では五つか六つ雪渓を進んだろうか、長いものでは数百㍍はありそうだ。平坦(へいたん)で真っすぐ登れるので楽だが、登山靴では滑る恐れもあり気が抜けない。また雪渓の末端は雪氷が溶けて空洞なので、地面への徒渉箇所も注意を要する。
雪面を、冷えたガスが風に吹き上げられていく。汗の出る体に冷風が心地よい。小さな谷では滝や「雪の太鼓橋」が出現したりと、自然の妙味を感じる。トンボも至る所で飛んでいる。
雪渓を出たり入ったり、急な坂を登ったりしながら、7合目の御田(おだ)、8合目の七つ釜、9合目の氷の薬師に達する。ここから上は1時間ほどで、かつての山頂だった七高山(しちこうさん)(標高2229㍍)に着くが、帰りの時間と己の体力を考え下山することにした。
と、通常はここで話が終わるが、この下山、初心者にはなかなか“曲者(くせもの)”だった。長い雪渓を降りていった時である。本来は左側の大雪渓がコースなのに、ふらふらと右側の雪渓へ下ろうとする自分がいた。後で考えれば、登りの谷は山頂コースに続くが、下りは幾つもの谷筋に分かれていく。<冷静に!落ち着いて!>と自分に言い聞かせ、左側の大きな雪渓にたどり着く。持参した軽アイゼン(チェーンスパイク)を履いて進むと、見覚えのある小さな岩山が見えた。
そこから先は矢印(→)や丸印(〇)のある岩、ピンクのテープなどを確認しながら無事下山した。時々、晴れ間の出る曇り空だったが、全部で2リットル近い飲料水を飲んでいた。
このコースは、随所に雪解け水が流れる小川がある。手を入れると5秒ほどでジンジンしてくる。顔を洗い、首筋を冷やす。花々も多い。イワイチョウ、ウラジロヨウラク、カラマツソウなど。
帰途、湿原の手前に祓川神社と、みそぎ用の池があった。一年を通して水温は4度だという。山麓周辺の人々の守り神として古くから崇(あが)められてきたのが鳥海山だ。
祓川(5合目)から七高山(10合目)までは距離4・4㌔、標高差は1000㍍強。登山時間は、休息を含めて上りは4~4時間半、下りは3~3時間半ほど。さらに1801年の噴火でできた新山山頂(2236㍍)までは七高山から30分ほどである。
矢島口コースは北東斜面で、積雪量が豊富。道路の除雪が4月下旬に完了し山開きが行われると夏スキー目当てで来る人も多い。
鳥海山で登山者が圧倒的に多いのは象潟口(鉾立〈ほこたち〉)だが、横手市増田(ますだ)の男性2人組は「鉾立ルートは長い登山道が続く。このルートは雪渓もあり、きつい箇所も多いが、登って楽しい」と話していた。
(伊藤志郎)