歌で考える沖縄の風景 県土木建築部などがシンポジウム

基調講演を行う呉屋淳子氏
パネルディスカッションに参加した東盛あいか氏

歌として表現された沖縄の風景を通して、今後のまちづくりについて考えるシンポジウム「歌に詠まれた沖縄の風景今と未来」(主催=沖縄県土木建築部など)がこのほど、那覇市の沖縄県立博物館・美術館講堂で開催され、沖縄県立芸術大学音楽部の呉屋淳子准教授が基調講演を行ったほか、各界パネリストが登壇し沖縄ならではの風景の魅力や価値について語り合った。
(沖縄支局・川瀬裕也)

当時の景色が色鮮やかに 呉屋氏

島を出ても心は故郷に帰る 東盛氏

沖縄の歴史的・文化的に積み重ねられた町並みや景観をどのように維持し、作り上げていくのかについて議論する場として開催された同シンポではまず、県立芸大・音楽学部准教授の呉屋氏が「読谷村まーすけーい歌にみる風景」と題し、基調講演を行った。

かつて読谷村・長浜では女性たちが塩田のある東海岸の泡瀬まで、片道20キロ近い道のりを薪(まき)や農作物を担いで歩き、塩と物々交換をしていたという。その様子を歌った歌が伝承歌「まーすけーい歌=長浜口説(くどぅち)」(塩替い歌)だ。

この歌について呉屋氏は、「(長浜の)娘たちが進む道のりが、途中途中の地名や情景と共に描かれている」と説明し、読谷村から泡瀬までの実際の風景の写真を紹介しながら歌詞と照らし合わせた。「あちはてぃ国直歩らりば夏ぬ暑さや歩まらんでぃかよ松ぬ下に行ぢ涼ま=夏の暑さで歩き疲れたら国直(現在米軍嘉手納基地内にあるかつての地名)の大きな松の下で涼もう」の歌詞を例に挙げ、「当時の人々の見た景色が歌の中に色鮮やかに残されている」と語り、「今の沖縄に歌で語り継いでいけるような風景が、どれだけ残っているだろうか」と疑問を投げ掛けた。その上で、「歌には地域における私たちの暮らしの在り方について考えるヒントがたくさん含まれている」とまとめた。

後半のパネルディスカッションでは、パネリストがそれぞれ思い入れのある風景の写真を持ち寄り、関連する歌を紹介し合った。

与那国島出身の俳優で映画監督の東盛あいか氏は、同島の宇良部岳の写真を示し、自身の高祖母の姉が歌っていたという「デンサー節」の一節「山ぬ高クバや山だきどぅぬぶる玉くなにがしぐぁ山ゆりぬ登りく=クバの木は山の高さまでしか伸びないが、玉のように可愛(かわい)い我が子は山よりも高く伸びていきなさい」を取り上げ、雄々しくそびえ立つ宇良部岳と親である自分(歌い手)を重ね、子供の成長を願った印象深い歌だとして、「生まれ育った島を出ても歌を聞けば、心がそこ(故郷)に帰れる」と、沖縄音楽の魅力を語った。

琉球大学名誉教授で、景観を意識した都市設計などに取り組むNPO法人沖縄の風景を愛さする会の池田孝之理事長は、「景観は写真など外からの見た目が重視されがちだが、歌という観点で見た時、心でどう受け止めるかが重要になってくる」と述べた上で、そのためには「人との関わり方がとても重要になってくる」と語った。

このほか、シンポジウムでは観光需要の高まりに伴う商業施設の大型化や交通インフラの整備、基地返還後のまちづくりなど、沖縄が抱える独自の問題についても話し合われ、「たとえ景色が変わっても、後世に残すことができるものは何か」について意見が交わされた。

沖縄県では昨年3月、県内各市町村や事業者、まちづくり団体などが一体となり、適切な役割分担を果たしながら沖縄の風景づくりの取り組みを進めるため「〝美ら島沖縄〟風景づくり協議会」が設立された。

同時に平成24年度に策定された「沖縄県景観向上行動計画」を改訂し、沖縄の自然や歴史を保護すると同時に、地域の特性を活かしたまちづくりを推進すべく啓発活動や、人材教育、技術開発などを官民一体となって行っていくとしている。

(画像は提供された資料から)

「まーすけーい歌」の歌詞

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