うまさより無垢な感動を紡ぐ

福島県郡山発の児童詩誌「青い窓」創刊600号に

開成柏屋内「ポケットガーデン」で詩を作る子供たち(青い窓の会提供)

地元出身の詩人・故佐藤浩さんら創刊

昭和33年から60年超の歴史刻む

福島県郡山市出身の詩人、故佐藤浩さんらの手で誕生した郡山発の児童詩誌「青い窓」(同人「青い窓の会」発行)が昭和33年に創刊されて以来、今月で600号を迎えた。60年を超える歴史を刻む中で、全国に姉妹誌が誕生するなど児童詩運動の先駆けともなり、世代を超えて読み継がれ、創刊の思いを次代につなげることが期待されている。(市原幸彦)

「みんなの『心の広場』であり続けたい」

青い窓の会は昭和33年5月に誕生した。佐藤さんと共に育ち、一緒に遊んだ幼なじみの仲間たち4人が、思い出の場所や自然が、近代化により次々と姿を消していくことを残念に思った。「子供たちが自由に伸び伸びと夢を描ける場所をつくり、素直で自由な心から生まれた詩を募集しよう」と教員の佐藤さんが提案。

児童詩誌「青い窓」600号の表紙

絵描きの故橋本貢さんが絵を描き、饅頭(まんじゅう)屋の開成柏屋社長・故本名洋一さんが詩集を店のショーウインドーに飾ることにした。看板屋の篠崎賢一さんがウインドーディスプレーを担当した。

これまで取り上げた詩は延べ1万2000編に上る。奇数月ごとに約1100部を発行し、購読者への郵送のほか県内の小中学校や図書館に無償で配布。佐藤さんが平成20年に亡くなって以降は、橋本陽子さん(49)が同人代表に就いた。東日本大震災後も途絶えることなく発行。児童詩コンクールを主催したり、柏屋内に「青い窓ポケットガーデン」を設け、詩集の展示や企画展などを行っている。

600号の記念会では、表紙を飾った詩「花火」を投稿した同市の小澤杏夏さん(10)=小原田小5年=が詩を読み上げた。新型コロナの影響で外出できない中で募った花火への想(おも)いを表現した。「自分の心に光がともる みんなの心にも光がともっているのかな? 来年は大空で花火が見れるといいな」とつづった。

杏夏さんは「すごく文章に悩んで難しかったけれど、何時間も何時間もかかってやっと書いた詩で、こうやって載ったのですごく嬉しかった」と感想を寄せた。

佐藤さんは若くして失明し、目に見えないものの大切さを訴え、生涯を通じて児童詩の普及に励んだ。

昭和16年、阿武隈(あぶくま)山系の丘陵に立つ根木屋国民学校に、代用教員として就職し、そこで子供たちに詩を書かせた。「子供たちの詩は太陽の匂いがする」と感動し、レトリックの新しさよりは目の偽らぬ新鮮さを、うまさよりは無垢(むく)な感動を表現することを教えた。そして33年に「青い窓」を創刊し、翌年県内の全小中学校にも呼び掛けた。

郡山の活動に触発され、姉妹誌として昭和35年に北海道帯広市で「サイロ」が創刊された。

平成6年には米ロサンゼルスで「青い窓U・S・A」が誕生し、12誌に広がった。ただ、現存するのは「青い窓」と「サイロ」のみで、存続の難しさを物語る。「青い窓」も、寄せられる作品数は年々、減少傾向にあるという。

橋本代表は、「少子化の影響に加え、詩が好きになる機会が減っているのではないか。取り巻く環境は変化しても、生き生きとした子供の感性や本質が変わることはない。青い窓はみんなに開かれた『心の広場』であり続けたい。さらに50年、100年と続いていけるよう、スタッフみんなで力を合わせて、いい誌面を作っていきたい」と、継承に意欲を示している。