増子 耕一

芭蕉が新境地を開いた場所 「芭蕉野分して」の句碑/東京都江東区

東京都江東区の隅田川沿いに芭蕉記念館がある。その裏手の親水テラスを史跡展望台の方に行くと、かつて深川の草庵で芭蕉が詠んだという句の記念碑が並んでいて、「芭蕉野(の)分(わき)して盥(たらい)に雨を聞(きく)夜哉(よかな)」もその一つ。

英訳『こゝろ』が新装版に 英文学者近藤いね子と夏目漱石

津田塾大学英文科主任だった近藤いね子(1911~2008年)は、1941年、夏目漱石の「英訳『こゝろ』」(北星堂出版)を刊行し、翌年岡倉賞を受賞した。これは48年に研究社から再版されたが、間もなく絶版に。そして再び、国書刊行会から新装版としてよみがえった。

鎌倉入りを果たした白馬 金乗院義貞霊馬堂/埼玉県所沢市

埼玉県所沢市にある狭山丘陵は、雑木林や湿地、谷戸がある自然環境で、歴史の足跡をとどめた所でもある。

学生時代から才覚を現す 和田誠展/市川市文学ミュージアム

イラストレーター、グラフィックデザイナーの和田誠(1936~2019年)は、映画監督、エッセイスト、作詞・作曲家としての顔も持っていた。和田誠事務所にはそれら仕事に関する膨大な数の資料が残されていたが、2022年度、1000点を超える資料が千葉県市川市に寄贈された。市川市ゆかりの作家、井上ひさしとの仕事の縁からだったという。

【記者の視点】ヨーロッパ史の伏流水 救済の使命を担った皇帝たち

作家の栗田勇氏に小紙で『比叡は萌える』を連載してもらっていた頃、フランス文学を学生時代に学んだ体験を伺う機会があった。東大の渡辺一夫先生のゼミで、ボードレールの詩を読んだそうだが、その中の重要な言葉を学生たちに割り振り、その言葉が歴史のそれぞれの時代に、どのように使われてきたかを発表させるというもの。

栗田勇さんの詩学 『仙人掌』から『芭蕉』まで

「”戦後詩〝の主人公は焼跡であろう。焼跡は廃墟でありつつ大草原でもあった。荒地願望と荒地憎悪の二つの極の間をじつにおびただしい数の詩人たちが往復した」

店蔵絹甚/埼玉県飯能市 歴史的建造物でひな飾り

埼玉県飯能市の大通り商店街は、江戸時代に、六斎市(ろくさいいち)と呼ばれる月に6回の定期市が開かれた所。「飯能縄市」ともいわれた。この通りには歴史的建造物がいくつも残っていて、その一つが市指定の有形文化財、「店蔵絹甚(みせぐらきぬじん)」だ。

充実した文献「山内祥史文庫」 太宰治文学サロン/東京都三鷹市

東京のJR三鷹駅の近くに太宰治文学サロンがある。時々訪れる展示館で、企画展が面白かったが、2020年に三鷹駅前の三鷹市美術ギャラリーに太宰治展示室ができて、企画展はなくなった。

「前衛」写真の精神‥なんでもないものの変容/渋谷区立松濤美術館

渋谷区立松濤美術館で「『前衛』写真の精神:なんでもないものの変容瀧口修造、阿部展也(のぶや)、大辻清司(きよじ)、牛腸(ごちょう)茂雄」が開かれている(来年2月4日まで)。

金属供出で消えた体躯 東京・上野公園の上野大仏

今年は関東大震災から100年を迎え、これに関する話題が多かった。東京の上野公園内には約50万人が避難したそうだが、精養軒近くの丘にある上野大仏も被災した。

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