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 世界日報の歩み


冷戦時代の言論戦
 
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樺太からの引き揚げ者、公文さんの一家を激励された昭和天皇=昭和21年10月25日岐阜県の厚生寮で
和五十年(一九七五年)一月一日世界日報が創刊された。当時は冷戦時代のただ中であり、ベトナム戦争における米国の敗北に象徴されるように、国際共産主義の脅威が最も高まっていた。国内主要メディアが大きく反米親共に傾斜する中で、ひとり世界日報は共産主義の非人間性と脅威を訴え続けた。

 とりわけソ連を「悪の帝国」と喝破したレーガン米大統領が登場してからは、有力姉妹紙ワシントン・タイムズと連携して、言論戦線を強化した。


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75年4月1日,南ベトナムのニャチャンで既に満員の難民輸送機に乗ろうとする男を阻止する米人職員

 冷戦時代の本紙報道の主な成果としては、

(1)ベトナム・カンボジア・アフガニスタン難民、ソ連亡命者の取材を通して共産主義支配の悪を追及(七五−八九年)

(2)侵略を進出と文部省が教科書検定で書き変えさせたというマスコミ報道が誤報であることを証明(八二年)

(3)作家・森村誠一氏と日本共産党機関紙「赤旗」の下里正樹・特報部長の著書『悪魔の飽食』の「細菌戦研究のための生体解剖写真」二十六枚中二十枚がねつ造写真であることを暴露(八二年)

(4)ソ連亡命将校レフチェンコの証言から日本のエージェント名を暴露(八三年)

(5)ソ連潜水艦の消音能力を高めた東芝機械のココム違反技術輸出を糾弾(八七年)

(6)北朝鮮亡命船ズダン号救援キャンペーン(八七年)――などが挙げられる。

87年4月30日、ソ連に原潜用のプロペラ工作機械を不正輸出した東芝機械本社を家宅捜査し書類を押収する捜査員=都内で

レフチェンコ証言の日本人エージェント暴露のきっかけとなったリーダーズ・ダイジェスト


 さらにソ連が崩壊した翌九二年(平成四年)には、ソ連共産党秘密資料を入手し、ソ連による共産党や社会党に対する資金援助の実態を暴露した。

 昭和六十年(八五年)にご在位六十年、戦後四十年を記念して掲載した、昭和天皇の終戦直後の御巡幸の足跡をたどったシリーズ「天皇御巡幸」は多くの人に感銘を与えた。

 社説をはじめオピニオンは、一貫して自由主義・反共産主義の立場からタブーを排して言論戦を展開、とくに八五年から始まった「ビューポイント」では、各界各層の有識者による定期執筆で自由な言論をリードした。