家庭
2009年4月13日

アフガニスタンの子供たち

どのような体験をしているの?

遊びの中にも悲惨さが/誰も見なかった瀕死の国民


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「子供の情景」で主人公の少女バクタイを演ずるニクバクト・ノルーズさん

 綾 二〇〇一年三月に、アフガニスタンにあるバーミアンの巨大石仏がタリバンによって破壊されたことは知っていたけど、その映像を見たらショックだったわ。爆破されて一気に崩れ落ちてしまったのね。


  イランの女性監督ハナ・マフマルバフさんが、映画「子供の情景」の冒頭で描いているシーンだね。大きな爆破音が響いてきて粉々になり、私も衝撃を受けたよ。今回はこの作品がテーマだ。

 ハナさんは十九歳で、世界最年少監督といわれるけれど、この長編劇映画第一作で〇七年サンセバスチャン国際映画祭審査員賞や、翌年のベルリン映画祭では二つの賞を受賞するなど、数々の賞を受賞して評価が高い。確かにアフガニスタンの子供たちを描いて、心に突き刺さるような作品だと思う。


 綾 ハナさんの経歴がユニークなのね。父親はイランを代表する映画監督モフセン・マフマルバフ氏で、三人兄弟の末っ子。姉も兄も映画の仕事にかかわっているけど、私がとても興味深く思ったのは、小学校二年の時から学校に行かなくなってしまった、不登校の経験を持つ女性だということ。


  父親がすごいんだね。娘が学校へ行かないのなら自分で教育しようと、映画学校をつくって教育したわけだから。ハナさんも映画の基礎的教養を学んで撮影の現場も踏み、十五歳でドキュメンタリー「ハナのアフガンノート」を作り、今回は「子供の情景」を製作したわけだ。ただ作っただけでなく、優れた芸術的才能の持ち主で、作品の出来栄えも素晴らしい。


 綾 バーミアンの巨大石仏のある村を舞台に、ハナさんが撮影を開始したのは十八歳の時。子供の世界をよく分かっているし、それを取り巻いている大人たちの社会についても理解を得ている。両者を連結できる年齢にあるので、この作品が生まれたのだと思ったわ。


  それはいい指摘だ。ここで主題になっているのは、アフガニスタンという環境に置かれた子供たちの世界だが、子供の領域に大人の世界を交差させて示しているところに、この作品の面白さがある。ドキュメンタリーではないけれど、アフガニスタンの置かれた厳しく複雑な事情を、平明な言葉で訴えることに成功した作品だ。


 綾 ハナさん自身は学校が大嫌いだったようだけど、この作品の主人公である六歳の少女バクタイは反対に、隣の男の子アッバスが読み書きの勉強をしているのを見て、自分も学校に行きたくてたまらなくなる。教育が行き渡っていない社会だからなのね。


  バクタイは、学校に行くには鉛筆とノートが必要だと知って、それを買うためにお母さんを町に探しに行くけれど見つからない。立ち寄った雑貨屋で両方で二十ルピーだと聞くと、そのお金をつくるために卵を持って売りに町へ行く。そしてそれを売ろうとするが次々に断られる。少女としては大きな試練だ。そんな情景にも、この国の貧しさや、子供の置かれた悲惨な事情が伝わってくる。


 綾 やっとのことでノートを手にしても、学校を探す途中で、少年たちのいたずらに遭う。


  そのいたずらは、少年たちの遊びにすぎないけれど、タリバンをまねた戦争ごっこで、大人たちが繰り広げてきた紛争がそのまま投影されている。学校へ行こうとするバクタイは洞穴に閉じ込められ、通りかかったアッバスは泥まみれにされる。子供の情景なので情緒的なインパクトが非常に強い。

 それらいたずらの場面を通して、戦争の無慈悲さ、罪悪性が如実に伝わってくる。この作品を見る大人たちは、そこに自分たちの姿を確認することになるんだ。


 綾 ところで、監督のハナさんはどうして冒頭に石仏が破壊される映像を置いたのかしら。


  それと関連して、この作品の原題について一言。父親のモフセン氏の著書に『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』(武井みゆき・渡部良子訳、現代企画室)がある。原題はこれから取られたもので、「ブッダは恥辱のあまり崩れ落ちた」。

 その中でモフセン氏はこう書いている。「仏陀は世界に、このすべての貧困、無知、抑圧、大量死を伝えるために崩れ落ちた。しかし、怠惰な人類は、仏陀が崩れたことしか耳に入らない」と。誰も、仏陀が指していた瀕死の国民を見なかったというのだ。こうした考えをハナさんも共有している。ハナさんは瀕死の国で、子供たちの置かれた状況を訴えたかったんだと思う。


 綾 監督一家はイラン人だけど、アフガニスタンとはどういう関係なの?


  綾の質問に対してだけど、アフガニスタンはかつてはイランの一部であって、モフセン氏は「もしこの政治的、地理的な分断が起こらなければ、私たちは、アフガニスタンの痛みをイランの一部の痛みとして語っていたはずなのです」と書いている。隣国の悲劇はイランの責任でもあるというのだ。


 綾 この映画は現代のアフガニスタンを知るための最良の作品の一つね。


  そうだね。そして美しい映画だ。引用が多くなるが、モフセン氏はこうも書いている。「もしも過去二十五年間、権力が人びとの頭上に降らせていたのがミサイルではなくて書物であったなら、無知や部族主義やテロリズムがこの地にはびこる余地はなかったでしょう」。書物とは、この作品ではノートと鉛筆によって象徴されているものだ。

 四月十八日(土)より、岩波ホールにてロードショー、ほか全国順次公開。

(増子耕一)

(本紙掲載:4月12日)


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