2009年2月9日
開運グッズ
縁起菓子って何?
語呂合わせで試験合格祈願/日本人の伝統的な習俗がルーツ
若い人の間で受験合格を祈願して縁起を担ぐ「縁起菓子」がはやっている
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父 最近、若い子の間で縁起菓子がはやっているらしいね。

綾 エンギガシって何のこと?

父 ほら、チョコレートの細長いやつとかさ。あるじゃないの。

綾 ええー、何のことだろう。

父 テレビでやっていたんだけれど、受験生がさ、合格を祈願して縁起を担いで、ポリポリ食べるじゃないか。キットナントカっていったっけ?

綾 それってキットカットのことかな。

父 そうそう、キットカット。あのお菓子が受験生にはやっているらしいんだよ。ほかにも、カールというお菓子なども「ウカール」なんかの語呂合わせではやっているらしい。食べると運が付いて合格するということで縁起を担いでいるらしいね。

綾 それはね、キットカットを「きっと勝つ」と読み替えるんだよ。確かに受験生の間では有名だよ。でも、語呂合わせがいいからなんだろうけれど、綾に言わせれば、運任せではなくて実力で勝てよ、と言いたいなあ。縁起を担いだって、実力がなければダメじゃないのかな。
父 お、たまには綾もいいことを言うじゃないか。それは正論だけれど、縁起を担ぐというのは日本人の伝統的な習俗であり、宗教だね。

綾 大げさだね、パパも。

父 そうじゃないよ。日本人に限らず、世界中に縁起を担ぐ風習というのはあるんだ。ただ、日本の場合は、それが縁起のいい語呂合わせになったり、忌み言葉を避ける風習になっている面がある。例えば、「きっと勝つ」もそうだけれど、戦国時代なんかは戦に出掛ける前に縁起を担いで作法が決まっていた。出陣の前の食事も縁起のいい語呂合わせの食事が出された。昆布なんかは、「よろこぶ」に通じるし、鰹節なんかも「勝男武士」と読み替えられ、縁起のいいものとなった。それを食べたからって、戦に勝つという保証はないんだけれども、とにかく運も味方に付けたいという心理があるということだね。
それに対して、逆に縁起の悪い言葉やモノは避けたり、言い換えられたりした。今でも、結婚式では縁起が悪いから言っちゃいけない言葉がある。切れるとか別れるとか、離婚を想像させる言葉なんかはそうだ。
大学入試センター試験の会場に向かう受験生=1月17日、東京都文京区の東京大学
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綾 大変なんだね。

父 それだけじゃない。地名まで、縁起が悪いと言って変わってしまった所があるんだよ。

綾 へえー、そんな所があるの。

父 綾もよーく知っているいる所だよ。

綾 うそー、そんなの知らないよ。綾は地理は苦手だしね。

父 地理は苦手でも、マンガは得意だろう。ほら、マンガの『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で有名な亀有。あれはね、最初は亀無(梨)という「カメなし」がもともとの地名だったんだけれども、「無し」じゃ縁起が悪いということで、江戸時代に「有り」に変えられたんだそうだ。

綾 へえー、そうなんだ。でも、何だって縁起を担いで言葉を変えるんだろうね。言葉を変えたって中身は同じでしょう。意味がないと思うんだけれどなあ。

父 そうでもないよ。言葉は大事なんだよ。言葉の乱れが心の乱れと言うだろう。それは一理あるんだ。いい言葉を使うことは運を呼び寄せるということもある。「ありがとう」なんかは感謝の言葉だけれど、これを言っていれば心が豊かになるだけじゃなくて幸せも運んでくれる。ビジネスマンの「成功の哲学」でも、プラス思考を勧めているけれど、これも言葉の力が大きいからなんだ。

綾 なぜなのかしら?

父 それはね、日本には伝統的に言葉に出したことがそのまま成就するという「言霊」の精神があるからだ。言葉にはそんな不思議な力があるということを昔から日本人は信じていたということだね。だからこそ、言っちゃいけない忌み言葉ができたし、縁起を担ぐ語呂合わせができた。それだけ言葉に気を使う繊細な精神文化があったんだ。だから、その意味では、キットカットなんかの語呂合わせで合格を祈願すること――知らず知らずのうちに縁起を担ぎ、神仏に頼る風習も自然に生まれたということだろう。

綾 だったら、縁起菓子も悪くなくていいかもしれないね。

父 そうだね。受験生だって、毎日勉強して努力しているから、自分の力だけではないものに頼りたくなる。そのことは悪いことではないと思うよ。昔から大きな仕事をしてきた人には、縁起を担いだり、神仏に敬虔な祈りをささげたりする人が少なくない。それは人知を超えたもの、それこそ「運」としか呼べないようなものが最後には働くということを知っていたからだろうね。
(羽田幸男)
(本紙掲載:2月8日)