平成15年6月3日
改革への苦悩−広島「民間校長」自殺の衝撃(1)
理想と現実の狭間で
教育改革の「目玉」とも言える民間企業からの校長登用制度が徐々に広がろうとしている。その矢先の今年三月、広島銀行から広島県尾道市の小学校に校長として赴任した慶徳和宏氏=当時(56)=が学校で自殺した。彼を窮地に追い込んだものは何だったのか。教育正常化に取り組む広島の公教育はどこまで改善されてきたのか。現地で関係者の声を聞いた。
(鴨野 守)
「24の瞳」の世界、夢みて…
非協力的な教師に戸惑う

授業が終わって、下校の準備をする高須小学校1年生
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JR東尾道駅から車で約十分。こんもりとした林に包まれた小高い場所に、慶徳前校長が赴任した高須小学校がある。学校のグラウンドに立つと、眼下に穏やかな瀬戸内海が広がる。その島々の向こうには小豆島がある。この島を舞台に教師と児童の心温まる交流を描いて映画化もされた壷井栄の名作「二十四の瞳」。
自分もまた、あのような楽しく心豊かな学校生活を過ごしたいものだ――。広銀東京副支店長から、小学校長に転身した慶徳氏が描いた「学校」のイメージは、それに近かっただろうと地元の教育関係者が語る。
昨年四月の入学式。慶徳校長は、新入生への式辞を次のように述べている。
「校長先生も、今年、銀行員から校長になって皆さんと同じ一年生です。一年生どうし仲良くしましょう」
そして、教職員のことを「いろいろなことを教えてくださる優しい先生方」と紹介している。
学校現場や教育法規についての知識がない“新米校長”慶徳氏を補佐し、学校運営を円滑にできるかどうか、それはひとえに教頭をはじめとする教職員にかかっていたと言えよう。
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迎える側の、組合加盟の教師たちは内心、戦々恐々としていた。なぜか。
それは前年度に採用された民間校長が、配置された学校で辣腕(らつわん)を振るっていたからだ。ある学校では、電話に出た教諭が自分の名前を告げるという丁寧な応対を始めて、保護者らの評判はすこぶる良かった。また、別の学校では、組合教師が「これまで日の丸は歴史的経緯から問題があり、白い色は亡くなった兵士の骨の色、赤は血の色と説明してきた。校長、もし日の丸を卒業式などで揚げるなら、それなりの説明が必要だろ」と迫ったところ、民間出身校長は、見事に切り返した。「それを考えるのが君たちの仕事だろ」と。
だが、慶徳氏は、自ら語っているように「控えめで、何事も最初から丁寧に一つ一つやる性格」。きちょうめんで誠実だった。ある校長は「決して部下を責めることはなかった。まるで“歩く道徳”とでも言える人でしたね」と評した。
児童生徒との心温まる交流を期待していた慶徳氏だが、日に日に戸惑いは深くなっていった。教職員にあいさつをしても、返事がない。五月に入って、運動会における国歌・国旗の取り扱いについて市教委からの指示を伝えると、教職員からは「なぜ日の丸を揚げないといけないのか」「地域で反対する実態を知っているのか」「国歌演奏のボタンを押さない」などと反論されてしまう。
小中学校の教職員が加盟する広島県教職員組合(広教組、山今彰委員長)はもともと、民間校長の導入に反対の姿勢を明らかにしている。まして国旗・国歌となれば、なおさら反発した。
赴任して一カ月半が過ぎた五月十七日。慶徳氏は、県教委、市教委の職員に「校長としては、教職員とけんかをしながら施策を通していく強引さが必要だと思う。職員会議で提案したことが教職員から打ち返される。柔らかい性格で強引に通すことができない」と苦しい胸の内を吐露している。
慶徳氏の描いた理想と現実のギャップは、あまりに大きかった。