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構造的問題が育む暴力による潜在力抑圧


韓国紙セゲイルボ

 中・高校生の頃、先生たちに本当にたくさん殴られた。自分自身が暴力に対して鈍感で、「なぜムチで打たれなければならないのか」と考えることができなかった。時々先生の誤解で殴られる時も「何発か殴られてしまおう」と諦めることが多かった。“力の不均衡”の中で発生する構造的な暴力に飼い慣らされた結果だ。

 暴力の被害者は加害者になる可能性も大きい。10年余り前、除隊後、ある学習塾で中学生を教えながら体罰を加えた。当時は「生徒のため」ということで保護者の同意も得ていたが、「愛のムチ」という名目で子供たちに暴力を振るったことは反省し謝りたい。

 韓国社会で暴力が横行している。だが暴力に対して過度に寛大だったり、自覚できない場合が多い。最近大きな問題になった「ナッツリターン」や「水かけ姫」の韓進グループ一家の“パワハラ”も事実上暴力だ。社会に現れる暴力性を正しく制御できない構造的な問題がこのような暴力性を育てている。

 『人間はなぜ暴力を行使するのか』の鄭ジュジン氏は、「構造的暴力は人間の潜在力を抑圧する」とし、「ある社会が暴力的なのか否かは、人間の潜在力がどれくらい自由に発現するのかを見れば知ることができる」と指摘した。

 暴力は多くの部分が習慣と社会的構造から始まる。女を男より劣等な存在として刻印させた社会構造、持てる者のパワハラと暴力を黙認する社会はより一層暴力的に変質していくほかない。

(キム・ソンヨン産業部記者、5月21日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。