世界日報 Web版

書記室長との話「言えない」


検証 元料理人 藤本氏の再訪朝(下)

再会を妻子手放しで喜べず?

 北朝鮮の金正日総書記の元専属料理人だった藤本健二氏(仮名)は今回の訪朝で初日に最高指導者の金正恩第1書記と会ったほかは翌日以降、家族と金チャンソン書記室長が行動を共にした。

600

訪朝期間中、金チャンソン書記室長(左)と立ち話をする藤本氏(提供=藤本氏訪朝関係者)

 10日余りの滞在期間中、藤本氏は毎日市内の主要施設や祝祭を見学したり、高級レストランで食事をしたりして過ごした。忘れないようにと藤本氏が娘のジョンミさんにハングル表記で簡単な日記をつけさせた。

 「4月13日、大城山革命烈士陵(国立墓地に相当)の裏にある奥様(金総書記の妻、高英姫)の墓を訪ねたが、階段を昇っていきながら涙がこぼれて仕方ありませんでした。本当に忘れがたい奥様です」

 「4月16日、金チャンソン副部長と二人で錦壽山太陽宮殿(金日成・金正日父子の遺体の永久保存施設)へ行きました。本当に懐かしい金正日将軍様であられます」

 藤本氏にとって最も親近感がわく北朝鮮人は家族以外で恐らく金総書記夫妻だろう。ただ、それにしても日記には北朝鮮賛美の文言が並ぶ。

 今回、藤本氏が家族と並んで最も長い時間を一緒に過ごした金室長との間でどのような会話があったのか。藤本氏は具体的な言及を避けている。

 金チャンソン氏は「最高指導者の次に権力内部について知らないことはないと言われる党部長クラス」(韓国の北朝鮮専門家)。何日も一緒にいながら藤本氏に大事なことを何も話さず、藤本氏も何も尋ねなかったのか――。藤本氏にこの疑問をぶつけたところ「ここでは言えないこともある」と言葉を濁した。

 妻のオム・ジョンニョさんと娘ジョンミさんとの再会についても藤本氏の口は重い。2012年の訪朝時、ジョンニョさんから重い病気にかかっていたことを告げられた。

 「妻は依然として体が悪く薬を服用していた。娘は中央党(党中央本部)で仕事をしている」

 現地で撮ってきた写真に納まる2人には笑顔がなく、再会を手放しで喜んでいるようには見えない。2012年の訪朝時に2人は平壌の高級アパートに引っ越し、ずっとそこで生活してきたというのが藤本氏の話だが、藤本氏自身も北朝鮮で聞かされた話だ。妻子に真相を確かめようにも監視や盗聴が気になって簡単ではない。

 藤本氏が帰国した後、一部メディアが藤本氏の話として「(米国に)むかっとしてミサイルを発射していると金第1書記が言った」と報じたが、藤本氏は「あんなことは言っていない。そんなことを言ったらむかっとして核実験をしたということにもなりかねない。次に北へ行ったら私がどやされるかもしれない」と述べた。

 こうした藤本氏の態度は、日本をはじめ西側諸国に「金第1書記は正気じゃない」と映らないよう金第1書記をかばっているようにさえ見える。

 拉致・核・ミサイルなどで北朝鮮に翻弄され気味の周辺国にとり、金第1書記の本音を探り、金第1書記に北朝鮮の正常国化をどう促すかは共通の課題だ。北朝鮮の思惑はどうあれ、直接行って金第1書記に会うことができた元料理人の動向は今後も関心を集めそうだ。

(編集委員・上田勇実)