総選挙で有権者が冷淡だった理由


韓国紙セゲイルボ

部分的利害が共同体を支配

 ワシントン特派員時、米大統領選挙を間近で見守った。有権者は政治に対する関心が高く、積極的に意思表示をした。特定政党・候補支持のプラカードをかけた家が多かった。近所のある青年は道端で、民主党支持の理由について長時間熱弁を振るった。

 韓国の有権者は選挙に対して冷淡になっている。多くが候補も政党も気に入って満足したわけでないため、選択するのが難しいと訴える。「われわれの政治はなぜこのような有り様なのか」という思いが湧き起こる。韓国社会に広がった“政治嫌悪”のせいだ。韓国が抱える数多くの問題の中で、最も大きなものが「政治」だと人々は言う。誰でも政治と距離を置こうとする。深刻な事態だ。

 韓国の政治がなぜこうした状況になったのか。政治学者羅鍾一(ラジョンイル)は「人と政治」で、「伝統的に最もありふれている『政治的失敗』は、共同体が構成員に普遍的な利益を保障することができないこと、すなわち部分的利害あるいは特殊な利害が共同体を支配することになり、これが構成員の相当な部分に不公平だという感じや、自分たちがその共同体に正しく属せていないという感じを与えることだ」といった。

 「人々が共に集まって住む技術」である政治が正しく作動しないのだ。こういう現象は政治が嫌悪対象になる結果を招く。いまは政治に対して反省し、代案を模索しなければならない。

 1987年の民主化以後、一歩も進んでいない政治では未来は約束できない。市民の能動的政治参加を引き出し、すべての社会構成員に政治的代表性を保障するために選挙制度改革が必要だ。それを通した政党体系改編を準備する時になった。次の2020年は新しい制度で総選挙を行わなければならないだろう。

 イタリアの政治思想家マキャベリは「政略論」で「世論は不思議な力を発揮して、未来の予測まですることがある。判断力でも民衆のそれは意外に正確だ。二種類の対立する意見を並んで提示すれば、世論はほとんど大部分正しい側の肩を持つ」とした。

 近代初期に出てきたこの言葉を今日の政治家たちは理解できないようだ。だから有権者を軽く見て、選挙遊説にも切実さがにじみ出ないのだ。投票で民心が何なのかを見せてこそ、政界慢性病である「泥仕合」の再発を防げるだろう。

(朴完奎(パクワンギュ)論説委員、4月13日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。