書評
navix
email
 

古典の中の親子像

中里富美雄

古い日本人を再発見させる

 現代ほど、家庭の価値や、その在り方が深く問われている時代はない。“できちゃった婚”が増えており、家庭内では児童虐待や夫婦不和などの問題が後を絶たない。道徳の基礎は家庭にありながら、家庭はその役割を果たし得ないでいる。

 国文学の教師であった著者が日本の古典文学を解説するに当たって親子という問題に焦点を当てたのは、こうした社会の問題と無関係ではないと思われる。

 時代や社会環境によって、生活様式や家庭の様子も異なってくるから、必ずしも古典が参考になるわけではないが、過去の日本人が残してくれたさまざまな物語は、きっと何かを教えてくれるはずだ。

 ここで扱われているのは、「古事記」「万葉集」「土佐日記」「源氏物語」などの古典から引き出された親子の物語、四十編である。

 家庭が決して安らかなもの、楽しいものだけではなく、しばしば不和や虐待などさまざまな悲劇に見舞われているということでは、現代と変わらない。そういう点では、人の本質は古代や中世とさして変わっているようには思われない。

 しかし、さまざまな物語を通して、日本人の懐かしいふるさとのようなものを感じさせるのは、親子の情愛の深さである。その情緒的表現には日本民族ならではのものがあるようだ。

 紀貫之が「土佐日記」を書いたのは、一般に、一種の文学的実験として位置づけられているが、著者の解説を読んでみると、女官に託した仮名文字という新しい文学的方法も、異郷で失った女児に対する愛惜を表現するための方法だったということが、理解される。

 こうした子を恋うる親というテーマは、「万葉集」の山上憶良の「子らを思う歌」から謡曲「隅田川」に至る、歴史を貫く古典の主題だったようだ。

 物語に託された日本人の喜怒哀楽をたどってみることで、本書は、私たち自身の心の中に生きている、古い日本人を再発見させてくれる。歴史がたくさんの涙でつづられてきたことを教えてくれる、ユニークな古典案内である。

 (渓声出版 本体一、三〇〇円)

 増子耕一



HOMEBACK