書評
navix
email
 

『それでも私は腐敗と闘う』を読む

イングリッド・ベタンクール

政界浄化闘争に命懸ける

 南アメリカ大陸の北西隅の国、コロンビアで、この五月二十六日に大統領選挙が行われた。開票の結果、対左翼ゲリラ組織(コロンビア革命軍、FARC)への強硬姿勢を打ち出した親米派のウリベ候補が当選した。自分の父親もゲリラに虐殺され、この半年間で三回も暗殺未遂を体験せざるをえなかった新大統領の対ゲリラ政策がどう展開するのか、注目していきたいものだ。

 というのも、実は、この選挙に行方不明のまま立候補した女性がいた。最有力候補と目されていたイングリッド・ベタンクール候補と副大統領候補のクララ・ロハスである。この二人は、選挙運動中の二月に、FARCと思われる武装集団に誘拐され、いまだ消息不明となっている。

 本書は、イングリッドが、生いたちから大統領選挙に立候補するまでをつづった衝撃的な自叙伝である。

 大臣や大使など政府の要職を歴任した父と上院議員を経て児童福祉施設を運営している母との間の娘として、そしてフランス人のエリート外交官の妻として、二人の幼児の母として、全く恵まれた生活をしていたのだが、一九九〇年一月、二人の子供を連れて、フランスから祖国コロンビアに帰国する。ちょうど、大統領候補が暗殺された直後であり、国政はコカイン・マフィアの暴力と金権政治に蝕まれ、国民は毎日のように発生するマフィアの「爆弾戦争」におびえ切っていたのだった。

 その四年後、彼女は、「政治腐敗撲滅」をスローガンに掲げ下院議員に当選する。三十三歳であった。だが、彼女の所属する自由党までも麻薬組織から献金を受けていたのだ。それを追及し脱退した。彼女の果敢な政界浄化闘争のターゲットは、国会議員はもとより、大統領まで及んだ。議事堂内でのハンスト、ジャーナリズムの利用など、彼女なりの八面六臂(ろっぴ)の大活躍は続く。

 当然、彼女にも、暴力が現実のものとなる。彼女とボディガードの乗っていた車が狙撃されたのである。幸い、誰にもけがはなかった。

 こうした脅しを受け、直ちに二人の子供を海外に避難させ、告発を続ける。一九九八年の総選挙で、新党「酸素!」を立ちあげ、上院議員にトップ当選をはたす。しかし、同時に当選したパストラーナ大統領は、選挙公約を反故(ほご)にする政策を進めたのだ。ついに彼女は、二〇〇二年の大統領選の出馬を決意する。

 本書は、四十歳のイングリッドの「遺書」にしてはならない。

(法政大学教授・川成 洋)



HOMEBACK