書評
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鬼平と出世

山本博文

江戸時代の官僚社会の実態

 鬼の平蔵といえば、言わずと知れた火付盗賊改の長谷川平蔵である。実際に存在した歴史上の人物だが、池波正太郎の小説によって理想化されたヒーローとなって親しまれるようになった。

 果たして、鬼の平蔵とはどんな人物だったのか。本書は、官僚としての出世の面から鬼平とそれをめぐるライバルたちの動向を興味深く紹介したものである。その基になっているのが、寛政の改革を行った松平定信の側近だった水野為長(ためなが)が、世間に流布している噂(うわさ)話や評判を隠密に書きとめて提出していた「よしの冊子」。

 この冊子には、町奉行や火付盗賊改などに対する庶民の評判や批判が載せられ、世間的にどう見られたかが伝わってくる。もちろん、幕府の役人(官僚)である限り、庶民の評判が良いからといって出世するとは限らなかった。

 かえってそれが人気取りとして同僚の嫉妬(しっと)と恨みを買い、出世の妨げになった。鬼平が庶民に人気が高いにもかかわらず、一度も町奉行に就任できなかったのも、同僚や上役に鬼平が嫌われていたからだった。このあたりは、現在の官僚社会、政治家の世界とまったく同じであるといっていい。

 特に、理想家肌の松平定信は、鬼平の能力は高く買っていたが、その清濁併せのむ性格を嫌っていたことも出世できなかった原因のひとつ。潔癖性の定信らしい判断である。

 その出世出来なかった鬼平のライバルたちも、この官僚社会を支配する慣習や家柄の問題、同僚の嫉妬などに悩まされた。いくら有能であっても、家柄が悪ければ出世できなかったし、また、たとえ落ち度がなくても、出世亡者の後輩の罠(わな)で蹴(け)落とされることもあった。

 江戸時代の人事の実態を読めば読むほど、現在の政治家と官僚社会が二重写しになって見えてくるのは、人間社会は時代が変わっても同じだということだろうか。身につまされながら読まされる一冊だ。

 (講談社現代新書 本体六八〇円)

フリーライター・山川修一



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