書評
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東京本遊覧記

坂崎重盛

薄れてきた街への愛情

 私事になるが、道産子の私が、学校を卒業してこのまま東京にとどまるかどうか迷った挙げ句、東京は“長安”なので、故郷に戻らないと決めたのだった。もう三十五年も前のことである。

 それにしても、東京は変わってしまった。“変わるな 東京!”と叫びたくなる程、街並みはもとより、由緒ある古風な地名も姿を消してしまったのだ。かつて、といっても第二次大戦直後、瓦礫(がれき)と化したポーランドの首都ワルシャワは、市庁舎の地下室にあった一枚の首都計画図に基づいて、全市民が総出で戦前と全く同じ街並みを再建したという。これは、石の文化と木の文化の違い、などとしたり顔で論ずべき事柄ではない。われわれは歴史をどうとらえるか、という歴史観の問題である。

 本書は、「趣味は東京」とか「宿痾は東京恋慕」を自認する著者が、「東京物見遊山」に出かけるに際して参考にした「東京本」七十五点の「私読書」の記録である。このなかには、幸田露伴、森鴎外、国木田独歩、田山花袋といった明治期の錚々(そうそう)たる文士も混じっている。例えば、維新後の東京をなんとか世界に誇りうる都市にしようと建白書のような東京計画を提示した露伴は、「国民としてその国の首都を愛せざるは、人としておのれの頭を愛せざる如き烏滸(おこ)の痴者(しれもの)とはいふべからずや」と述べている。果たして都市を論ずる人に、この露伴のリアリティと強い愛情ないし志があるだろうか。

 また、アメリカ人の日本文学研究者サイデンステッカーの『東京 下町山の手』は、「いわばプロの江戸っ子の末裔(まつえい)は今日でもいるけれども、この手の連中の自尊心はむやみに強く、ほとんど無作法とさえ呼べるだろう」と、いささか辛辣(しんらつ)だ。

 そして、本書は、芳賀徹編『絵のなかの東京』を論じた章の末部で、「人から愛されぬ街はうるおいが失われ、また、うるおいのない空間で生きなければならない人々の心は、やがて荒涼としたものになるに違いない」と述べている。これは、重く受けとめたい至言である。

 (晶文社 本体二、二〇〇円)

 評論家・阿久根利具



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