書評
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東北ことば

読売新聞地方部

方言を守る多様な活動を紹介

 方言というと、「東北弁」のズーズー弁というイメージがあるのはなぜだろうか。同じ方言でも、大阪弁はそういう感じがなく、ひとつの文化として受け入れられているようだ。

 この背景には、東北が常に歴史的に中央政府から「辺境」あるいは遅れた地域として差別されてきた経緯がある。特に明治維新でもそれは変わらず、東北は幕府側として討伐される側として見られてきて、文化の僻地(へきち)と差別されてきた。

 本書は、その東北弁をポジティブにとらえた本で、東北各地で地道に行われている方言を守る活動の現状やさまざまな試みなどを紹介したもので、そのバラエティーに富んだ活動には驚かされるものがある。

 例えば、方言で民話を語る活動は容易に想像されるけれども、方言で社会風刺のソングを歌うグループがあったりする。

 「――都会で出だゴミ しこだまつけて/トラックこっちさ のんべに(頻繁に)くる/こごらの土地は値打ぢねえから/ゴミぶん投げんに丁度(ちょうど)ええなだど」(山形県長井弁)

 かと思えば、ヒップホップのリズムに福島弁のラップを絡ませた「ダンシングそーだないと」という歌が祭りに披露された話もある。「そーだないと」とは、福島弁で「そうだね」という意味。祭りではみんなに大受けだったという。

 そうかと思えば、英国の伝承童謡「マザーグース」を秋田弁に訳し、ドンパン節でそれを歌うという試みもある。標準語で訳するより、ずっとその地方的な味わいがあって理解しやすいと評判だ。

 方言には、その地方に培われた歴史と文化があって、共通語よりも人間関係がホットな感じになれるという報告もある。方言の見直し運動は、着実にそれぞれの地域で根づいている感じだ。

 もちろん、方言をただ守ればいい、というものではないことも指摘されている。いずれにしても、地方の時代という抽象的な掛け声よりも、こうした方言文化の再生こそ地方の活性化につながるという感を深くさせる一冊である。

 (中公新書ラクレ 本体七二〇円)

羽田幸男



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