ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の終結をもたらしたデートン(米オハイオ空軍基地)合意に基づき、ボスニア和平協定(パリ)が調印され、十二月十四日で十周年を迎える。ボスニア紛争は死者二十万人、難民、避難民約二百万人を出した戦後最大の欧州の悲劇である。イスラム系、クロアチア系、セルビア系の戦いは終わったが、現状は民族間の和解からは程遠く、「冷たい和平」(ウォルフガング・ぺトリッチュ元ボスニア和平履行会議上級代表)の下で、民族間の分割が静かに進行している。 傷跡に触れたくない市民、「内戦には敗者しかいない」 2005.11.26 無料公開中 サラエボで15万人が数千人に、セルビア人には職がない 2005.11.27 橋で引き裂かれたモスタル市、“密約”の不信が尾を引く 2005.11.28 複雑な行政府が経済圧迫 失業率40%、EUに投資期待 2005.11.29 国家より民族に帰属意識、難航必至の新憲法づくり 2005.11.30 「ボスニア対セルビア・モンテネグロのサッカー試合が行われた。そこでセルビア系市民はセルビア・モンテネグロを応援するという風景が見られ、実際に失望させられた。セルビア系住民にとって、ボスニア人という国家意識は薄く、民族意識が強いわけだ」 (30日付け本文より)
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