米朝首脳会談の焦点 読めぬトランプ流交渉術


米朝首脳会談の焦点(上)

 12日にシンガポールで開催される史上初の米朝首脳会談は、北朝鮮の核問題の解決につながる転換点になるのか。歴史的会談の焦点を探った。

 トランプ米大統領が1987年に書いた自伝に、次の一節がある。

 「大事な取引をする場合は、トップを相手にしなければラチがあかないのだ。その理由は、企業でトップでない者はみな、ただの従業員にすぎないからだ」

 トランプ氏が外交の常識に反して実務者協議をすっ飛ばし、いきなり金正恩朝鮮労働党委員長との首脳会談に踏み切った背景には、重要な取引はトップダウン方式が最も効果的だというトランプ流のビジネス哲学があるのは間違いない。

 「交渉の達人」を自任するトランプ氏だが、不動産取引と外交交渉は次元が全く異なる。独裁者を相手に、核という最凶の兵器について話し合う交渉であればなおさらだ。

 周囲の不安を掻(か)き立てているのは、トランプ氏が首脳会談開催を優先し、交渉のハードルを大幅に下げているように見えることだ。トランプ氏は1日、正恩氏の最側近、金英哲党副委員長とホワイトハウスで会談した後、「会談は始まりだ。(非核化が)一度の会談で実現すると言ったことはない」と発言。金英哲氏に「急がなくていい」と伝えたことも明らかにし、北朝鮮が求める「段階的な非核化」を受け入れる姿勢を示した。

 トランプ氏の自伝には、取引相手との信頼関係でビジネスを成功させた話が幾つも出てくる。正恩氏とも個人的な信頼関係さえ構築できれば、詳細は実務者レベルで詰められると安易に考えている可能性がある。もしそうなら、米国を実務者協議に引きずり込み、小さな譲歩ごとに見返りを勝ち取っていく北朝鮮の術中にはまる恐れがある。

 とはいえ、トランプ氏を取り囲む外交・安保チームが簡単に北朝鮮ペースに乗せられるとは考えにくい。ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)を筆頭に、ペンス副大統領、ヘイリー国連大使と、明確な保守哲学を持った対北強硬派が揃(そろ)うからだ。ポンペオ国務長官は「対話」重視の印象を与えているが、無原則な融和派では決してない。

 対北シフトとしては歴代政権の中でも「最強の布陣」といえるだろう。問題は、トランプ氏が外交・安保チームの助言にどこまで耳を傾けているかだ。

 「一番大事なのはカンだ」。トランプ氏は自伝で取引に最も重要な要素をこう表現している。トランプ氏の前のめり姿勢は、北朝鮮側のガードを下げさせることを狙ったトランプ流交渉戦術の一環であればいいが、周囲の助言を無視し、独断で中途半端な合意に走る懸念はやはり拭えない。

 それでも、手詰まり状態だった北朝鮮問題を大きく動かすチャンスをもたらしたのは、既成概念にとらわれないトランプ氏の大胆な決断があったからだ。

 北朝鮮が核の全面放棄を決断する可能性が極めて低い現状では過度な期待はできないが、現時点では世界はトランプ氏の交渉手腕に賭けるしか選択肢がないのも事実。わが国としては、トランプ氏が正しい判断を下せるよう、あらゆるルートを使って側面支援していくべきである。

(編集委員・早川俊行)