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憲法改正論議、未来を見据え「公論」を起こせ


 憲法を改める。そのための一歩を確実に刻む――。それが明治150年の節目となる本年の最大の課題だ。明治維新の起点となった「五箇条の御誓文」には「万機公論に決すべし」とある。国難の時こそ改憲への「公論」を起こすべきだ。

 国体を体現する基本法

 憲法は国の基本法とされるが、単なる法律ではない。英語では「コンスティテューション」と言い、これには体質という意味がある。憲法は国の体質、国体を体現するものだ。だから英国には成文憲法がなく、コモン・ロー(慣習法)を軸に歴史的に積み重ねられてきた法解釈をもって憲法としている。

 一部に「憲法は国家権力を縛るもの」との見方があるが、これは王政を葬ったフランス革命を背景としたイデオロギー的憲法観にすぎない。いま必要なのは歴史と伝統を誇る日本らしい憲法観に立つことだ。

 明治の時代はどうだったろうか。大日本帝国憲法(明治憲法)を作成した伊藤博文にはこんな逸話が残っている。憲法作成に当たってドイツ(プロイセン)を見倣おうとベルリン大学の憲法学者グナイストに会うが、こう突き放された。

 「よく遠方からドイツを目標に来られて感謝の至りだが、憲法は法文ではない。精神である。国家の能力である。私はドイツ人、かつ欧州人だ。だから日本のことを知らない。それを知っても参考程度しか言えない」(瀧井一博著『文明史のなかの明治憲法』)。

 日本人自身による、日本らしい憲法を。それがグナイストの助言だった。憲法はあくまでも自国民の自由意思によって制定されるべきものだ。国際法(ハーグ陸戦条約)は占領下の憲法制定を認めない。

 ところが、現行憲法は連合国軍が草案を作成し、占領下に制定された。この制定過程が象徴するように「国家の精神」が希薄だ。それでさまざまな問題点が指摘されてきた。

 例えば、前文は国柄を明記せず、「連合国諸国に対する『詫び状』」(吉田和男・京都産業大学教授)だ。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」して安全と生存を保持するとうたい、平和を守る自らの努力を放棄したかのようだ。

 最大の問題は9条だ。わが国を取り巻く安保環境が緊迫しているのに、国防を担う自衛隊が明記されていない。国際法が認める集団的自衛権の全面行使を違憲とし、「戦力」を否定するので防衛力整備や国際貢献に齟齬(そご)を来している。

 また緊急事態条項が存在せず、有事や大災害への対応が危ぶまれる。権利に伴う義務がないがしろにされ、「個人の尊重」ばかりが強調されて家族の価値が顧みられない。過度な政教分離で伝統文化まで否定され、宗教・道徳的基盤を損ねている。

着実に前進する一年に

 それだけでなく、最近では選挙制度をめぐって参院の「合区解消」を目指す改憲論もある。それ以前に衆参両院の役割が不明確で2院制の意義が問われている。地方自治の位置付けも曖昧だ。こうした具体論に耳を傾け、改憲論議を着実に前に進める一年にしたい。