緊急事態条項、独裁防ぐために法整備が必要


 民主党の岡田克也代表はテレビ番組で、自民党の憲法改正草案に盛り込まれている緊急事態条項について、ナチスが政権獲得過程で利用したのと同様な条項であり、「恐ろしい話」と非難した。一知半解の議論である。

政治の怠慢でナチス台頭

 国家が存立の危機に立たされた場合、いかに対応するかは重大な政治課題である。

 議会制民主主義国家の成文憲法は、平和時を大前提として三権を分立させるとともに、基本的人権を最大限尊重しているので、緊急事態に対応し難い。仏独などの大陸法採用国家のみならず英米法採用国家も、緊急事態法制を整備しているのはこのためだ。

 これに対し共産党政権等の独裁国家では、権力が行政府に集中しており、緊急事態にも対処しやすい。それでも、こうした事態に備えた法制がある。

 わが国の現行憲法に緊急事態条項がないのは、制定時に連合国の占領下にあったためである。緊急事態に対応するのは占領軍の任務であった。因みに、日本と同様な状況の旧西独は、冷戦下で基本法を改正して緊急事態法制を整備している。

 岡田代表は、ナチスが「最も民主的」と言われたワイマール憲法下で独裁権を確立した点を取り上げ、緊急事態条項自体が危険と強調している。ヒトラーが同憲法48条2項の規定を悪用して“合法的”に独裁権力を確保したのは事実である。

 だが、欧米の法学者が異口同音に指摘するのは、乱用原因は2項の緊急事態規定そのものではない。同条5項の「詳細は国の法によって定める」との規定にもかかわらず、政治家の怠慢、政界の混乱のために歯止めを盛り込んだ施行法の制定を怠った点にある。

 ヒトラーの独裁確保は、単に憲法条項の悪用だけでなく、女性や青年を中心とする国民の絶大な支持が背景にあった点を忘れてはならない。我々がこの歴史的事実から学ぶべきは、独裁を防ぐための歯止めを織り込んだ緊急事態法制の整備が必要だということである。

 中国が軍事力を増強し、北朝鮮の核兵器の実戦配備が間近い状況となっている半面、米国の「世界の警察官」の役割の減退・降板傾向が強まっている。この点を念頭に置けば、日本が国家の存立を問われるような緊急事態に直面する可能性は増大している。

 ただ、安倍晋三首相や改憲案に携わっている自民党議員は、緊急事態について、主に大規模災害や国内騒乱を想定しているように思われる。既に警察法や災害対策基本法に緊急事態規定がある。大規模災害や国内騒乱であれば、憲法への緊急事態条項盛り込みに反対する論者の主張通り、既存の法律を活用すれば済む。

主権侵害への対応に不可欠

 緊急事態法制は国家の存立を問われる主権侵害に対応するためのものであり、憲法停止の規定を含む。

 従って“諸刃の剣”といった側面があり、憲法に条項を盛り込めば済むといったものではない。十分な歯止めを織り込んだ施行法の制定が必要との認識が不可欠なのだ。

(1月19日付社説)