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「レダの日本人」17年の挑戦


パラグアイでパクー魚養殖成功
僻地再生と自然保護の希望に

 日本人13人が1999年から開拓したパラグアイの極僻地(へきち)レダ。ブラジル、ボリビアをまたぐ世界遺産パンタナール大湿原の南端に位置するが、長い間、見捨てられた土地として住もうとする者もいなかった。そこで日本人が定住し、浄水槽や住宅などのインフラを造り、栄養価が高く人気もある魚パクーの養殖に成功した。

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 パクー養殖の成功は、アスンシオン国立大学と同大のマグノ・バレト教授(農牧学部水産学科)の協力があってのものだ。現在、レダが進める養殖事業と僻地再生の動きに対して、パラグアイ政府と国立大学から共同事業の提案もなされているという。

 2013年の稚魚放流式には、パラグアイのフランコ大統領(当時)が駆け付けた。レダの人々は将来、養殖事業をとりわけ貧しい先住民の村々にまで広げたいと願っている。養殖は牧畜に比べ必要な土地が少なくて済み、原始の自然をそのまま残すことができる。長年見捨てられた地が、僻地再生と自然保護の希望の星となりつつあるのだ。

 「パラグアイは、土地と水が豊かで日系移民も多く、世界で最も親日的な国の一つです。副大統領が、私に日本人をもっと連れてきてほしいと訴えたこともあります。日本には、この国で持続可能な開発ができるように援助していただけることを望みます」と中田実氏(南北米福地開発財団パラグアイ会長)は熱く語った。

(文と写真・綾村 悟)

 日本人13人が1999年から開拓したパラグアイの極僻地(へきち)レダ。ブラジル、ボリビアをまたぐ世界遺産パンタナール大湿原の南端に位置するが、長い間、見捨てられた土地として住もうとする者もいなかった。そこで日本人が定住し、浄水槽や住宅などのインフラを造り、栄養価が高く人気もある魚パクーの養殖に成功した。

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 パクー養殖の成功は、アスンシオン国立大学と同大のマグノ・バレト教授(農牧学部水産学科)の協力があってのものだ。現在、レダが進める養殖事業と僻地再生の動きに対して、パラグアイ政府と国立大学から共同事業の提案もなされているという。

 2013年の稚魚放流式には、パラグアイのフランコ大統領(当時)が駆け付けた。レダの人々は将来、養殖事業をとりわけ貧しい先住民の村々にまで広げたいと願っている。養殖は牧畜に比べ必要な土地が少なくて済み、原始の自然をそのまま残すことができる。長年見捨てられた地が、僻地再生と自然保護の希望の星となりつつあるのだ。

 「パラグアイは、土地と水が豊かで日系移民も多く、世界で最も親日的な国の一つです。副大統領が、私に日本人をもっと連れてきてほしいと訴えたこともあります。日本には、この国で持続可能な開発ができるように援助していただけることを望みます」と中田実氏(南北米福地開発財団パラグアイ会長)は熱く語った。

(文と写真・綾村 悟)

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