スパイ対策、スパイ罪と防諜機関が必要だ


 世界各地で中国やロシアなどの「スパイ活動」への懸念が高まっている。英国では神経剤による亡命ロシア人毒殺未遂事件が発生し、ロシアへの警戒を強めている。米国やオーストラリアでは中国のスパイ活動を阻止するための法案が可決された。

 こうしたスパイ活動はわが国と決して無縁ではない。過去に中国やロシア、北朝鮮のスパイ事件が数多く発生している。国民は海外のスパイ事件に無関心であってはなるまい。

 各国で目立つ中露の活動

 英国では3月、亡命していたロシア情報機関の元幹部とその娘が神経剤「ノビチョク」を使った毒殺未遂に遭ったほか、7月には一般市民がノビチョクによって死亡し、英国民に衝撃を与えている。

 一方、米上院は6月、中国通信機器大手の中興通訊(ZTE)に対する米国製部品の販売を再び禁止する法案を可決した。下院との両院協議会で再禁止の条項は削除されたというが、政府機関とZTEとの取引を禁じる条項が盛り込まれる見通しだ。

 ZTEは中国政府との関係が深く、通信機器がスパイ活動に利用される恐れがあるからだ。ロシアに関しては米司法省が7月、ワシントン在住のロシア人の女をスパイ容疑で逮捕した。

 またオーストラリア連邦議会は6月、外国からの内政干渉やスパイ活動を阻止するための法案を可決した。同国では近年、中国政府に近い実業家らが政治家への献金などを通じて影響力を行使し政治問題化していた。

 わが国では今のところ、表立った事件は起きていないが、だからと言ってスパイ活動が存在しないと考えるのは早計だ。2012年には在日中国大使館員が虚偽の身分で外国人登録証を取得し、工作活動をしていた事件が発覚している。15年には在日ロシア大使館付元武官が陸上自衛隊の元陸将に内部資料の戦術教本を漏洩(ろうえい)させた。

 また北朝鮮は工作員を密入国させ、在日組織と組んでさまざまなスパイ事件を起こした。日本人拉致は言うまでもなく、核・ミサイル技術がスパイを通じて北朝鮮に流れた。公安関係者は今もスリーパー(潜入スパイ)が存在すると指摘している。

 海外ではスパイ行為を法律で禁止し、防諜(ぼうちょう)機関を設け厳しく監視している。スウェーデンは情報公開制度を世界に先駆け整備したことで知られるが、その一方で刑法に「スパイ罪」を設けて取り締まっている。スパイ活動を防ぐのは自衛権で、政府の責務とされるからだ。

 ところが、わが国にはスパイ罪が存在しない。これは看過できない政治の不作為だ。民主国家は罪刑法定主義が基本で、あらかじめ犯罪の構成要件や刑罰を定めておかなければ、いかなる犯罪も取り締まれない。スパイ罪がなければスパイ活動は野放しにされ、安全が脅かされる。

 安全保障上の課題だ

 テロ対策では、00年に国連で採択された国際組織犯罪防止条約が各国に義務付けた「共謀罪」を昨年、テロ等準備罪としてようやく創設した。だが、スパイ対策がすっぽり抜け落ちている。スパイ罪と本格的な防諜機関を設け、スパイ活動を防ぐ。それが安保の次なる課題だ。