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潜伏キリシタン、世界が認めた歴史的価値


 国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会は、日本推薦の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を世界文化遺産に登録すると決定した。国内の世界遺産としては22件目。キリスト教禁制下で200年以上にわたって信仰を守り続けた先人たちの遺産に内外の関心が高まることを期待したい。

禁制下で信仰守り続ける

 登録されるのは、キリスト教が禁じられた江戸~明治初頭、表向きは仏教徒などとして暮らしながら、ひそかに信仰を守り続けた潜伏キリシタンの集落や、島原の乱の舞台となった原城跡(長崎県南島原市)、幕末の「信徒発見」の舞台となった長崎市の大浦天主堂など12件。

 政府は当初、伝来から約400年のキリスト教関連遺産として推薦。しかしユネスコ諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)から、日本の特徴である禁教期に焦点を当てるべきだとの指摘を受け、いったん取り下げて構成資産を絞り、新たな推薦書を昨年2月に提出した。

 事前審査したイコモスは「禁教期にもかかわらず、密(ひそ)かに信仰を継続した独自の文化伝統の証拠」、世界遺産委でも「ユニークで傑出した歴史を語る価値ある世界遺産だ」などと高く評価する意見が相次いだ。

 キリスト教の布教と迫害・潜伏の歴史では、ローマ帝国の弾圧下、カタコンベに潜伏した歴史が有名だが、日本でも禁制下に200年以上にわたり信仰を守り続けてきたことの意義が認められた。宣教師もいない中、潜伏キリシタンは観音像を聖母マリアに見立てたり、独特の祈りを先祖代々伝えたりしてきた。われわれ日本人が十分に認識していなかった世界的価値を指摘されたと言ってもいい。

 大浦天主堂は幕末、日本に滞在する外国人のために建てられ、日本最古の教会堂として国宝に指定されている。1865(元治2)年、浦上の潜伏キリシタン十数人がここを訪れ、フランス人神父に信徒であることを密かに告白。「信徒発見」は宗教史上の奇跡とされた。

 しかし、浦上の信者たちは幕府に捕縛され、キリスト教禁教策を引き継いだ明治政府によって3400人近くが各地に配流され、拷問などで662人が命を落とした。「浦上四番崩れ」と称されるこの弾圧は、諸外国の厳しい非難を浴び、1873(明治6)年、明治政府は1614(慶長19)年以来259年ぶりにキリスト教の禁令を解いた。

 潜伏キリシタンの信仰は、わが国近代の信教の自由の重要なきっかけとなった。そういう意味で、その遺産は現代にも繋(つな)がっている。

 潜伏キリシタンは幕府の目を逃れるため、離島や辺鄙(へんぴ)な地域に共同体を作って潜伏した。このため、今回登録された遺産のある地域は過疎に悩む所も少なくない。登録を切っ掛けに、観光振興が進み、地域の活性化につながることを期待したい。

遺産保存と地域活性化を

 一方で、静かな風土と一体の遺産であることを考えると、観光地化が俗化につながらないようにしたい。国や自治体は、独特の価値に留意し、遺産の保存と地域活性化の両立をバックアップすべきだ。