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司法取引、捜査権限拡大を視野に入れよ


 容疑者や被告が捜査機関に協力し、他人の犯罪事実を明らかにすれば、起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりする。そんな「司法取引」が6月1日から始まった。汚職や詐欺、薬物などの組織犯罪などで適用する。

 組織犯罪の解明に役立つことが期待される一方、無実の人が冤罪(えんざい)を被る恐れもある。最高検が裏付け捜査の徹底など慎重な方針を示しているのは当然だ。犯罪の摘発には捜査権限の拡大も視野に入れるべきだ。

わが国は「供述」を重視

 司法取引は2010年に発覚した大阪地検特捜部の証拠改竄(かいざん)事件を契機に始まった刑事司法改革の一環だ。取り調べが「密室」で行われることから供述の信憑(しんぴょう)性が問われ、取り調べの録音・録画(可視化)が19年6月までに始まる。しかし、組織犯罪では可視化によって逆に供述が得られないこともあり得る。それで可視化と司法取引が同時に取り入れられる。

 犯罪の巧妙化に対応するため司法取引も必要だろう。だが、刑罰軽減のための取引は国民の倫理観にそぐわない。再犯の防止に逆行するとの見方もある。

 わが国の司法当局が伝統的に「供述」を重視してきたことを想起しておきたい。それは犯罪を発見して処罰するだけでなく、犯人の自白と改悛(かいしゅん)の情を重んじ、情状酌量による寛大な量刑を目指すものだ。それが日本の検察の特徴とされた。

 その象徴が「秋霜烈日」の検察官記章だ。秋の冷たい霜や夏の激しい日差しのような気候のことで、刑罰・権威などが極めて厳しく、一方で厳かで暖かみがあるとする例えだ。それが検察の職務の理想とされた。だからこそ供述(自白)を重視した。刑事司法改革がこうした伝統に逆行してはなるまい。

 もとより犯罪の摘発・防止は司法当局の最大の任務だ。それには捜査権限を拡大する必要がある。このことは刑事司法改革でも指摘された。例えば、共謀罪だ。国連は00年に国際組織犯罪防止条約を採択し、組織犯罪の実効性ある取り締まりのため加盟国に「重大犯罪」に対する共謀罪の創設を義務付けた。

 ところが、わが国ではこの取り組みが遅々として進まず、昨年7月、ようやくテロ等準備罪処罰法(改正組織犯罪処罰法)として施行された。だが、国際社会から見れば甘過ぎる。

 LINE(ライン)やメールの監視は人権侵害につながりかねないとされ、通信傍受の対象とされていない。犯罪の嫌疑がなければ、尾行や張り込みもできない。これで凶悪犯罪を未然に防げるか、疑問が残る。

 通信傍受については16年12月から新たに組織性が疑われる爆発物使用や殺人、傷害、児童ポルノなど9類型が追加されたが、犯罪が起こる前に捜査機関が行う「行政傍受」はできない。欧州各国では行政傍受をテロ対策の武器としているのに、わが国で使えないのは不可解だ。

本格的な防諜機関を

 テロのみならず、北朝鮮による日本人拉致のような犯罪を防止するには本格的な防諜(ぼうちょう)機関が必要だ。

 治安組織の再編と捜査権限の拡大を視野に入れない刑事司法改革は画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く。