文化の日、混迷の時代の灯火となれ


 きょうは文化の日。日本の置かれた現状、とりわけグローバル化の中での日本文化の意味や使命を考える機会としたい。

 グローバル化で価値認識

 ここ数年の訪日外国人観光客の増加は、円安やアジア地域を中心とした新興国の経済発展などが背景にあるものの、基本的には日本が観光地として魅力があるからにほかならない。自然の風景はもちろん、寿司(すし)などの日本食やホスピタリティー、治安の良さなども大きな意味での日本文化である。

 日本人には当たり前の日常的な風景も、訪日外国人にとっては驚きであったり、魅力であったりすることも少なくない。彼らを通して、日本人が日本文化の魅力や価値を再発見するということも起きている。

 敗戦後、わが国は「文化国家」を目指してきた。しかしそこには、明治国家が富国強兵に努めたことや、先の大戦の軍国主義への反省、反動の要素があった。文武両道という伝統や考えがあるにもかかわらず、軍事的な「武」の否定としての「文」の重視という性格があった。

 また戦後は、日本の伝統文化に対して総じて冷淡な時代であった。いわゆる文化国家も、民族固有の経験を土台にした「文化」よりは、普遍的な「文明」のニュアンスが濃かった。そういう意味で、戦後日本が唱導してきた文化国家は、皮相さを免れなかったと言っていい。

 敗戦ショックの後遺症から、戦前の日本を全否定し、固有の伝統文化を軽視し、時に卑下するような傾向は、経済発展による自信回復を背景に徐々に払拭はされた。しかし、その価値が日本人によりはっきりと認識されるようになったのは、冷戦終焉(しゅうえん)後のグローバル化の進展まで待たなければならなかった。

 高品質の電気製品や自動車などを生産する経済大国としての評価から、そのベースにある日本文化そのものに関心が移ったのは、グローバル化の中でであった。日本がその固有の文化の普遍的な価値を認識するまでに敗戦から半世紀以上かかったことになる。

 文化の根底には、宗教や家庭、社会での生活、そして自然や風土の中で育まれてきた人々の感性がある。今年のノーベル文学賞に選ばれた日本生まれの英国人作家、カズオ・イシグロ氏は「日本人の両親に育てられ、家では日本語を話していたので、ものの見方や世界観、芸術的な感性の大部分は日本人だと思う」と述べている。こうした日本的感性が、世界の人々に感動を与え、共感を得ることは、固有文化の普遍的価値を示している。

 今日主流の文明も、もともとはさまざまな民族の文化が融合して形成された。固有の文化と普遍の文明はダイナミックな補完関係を持っている。

 日本文化育てる努力を

 古くは縄文文化に淵源を持つ自然との共存の文化、和の精神、そして芸術やさまざまな職業の洗練を追求する「道」の文化など、日本文化には、環境問題や民族・宗教紛争などで混迷する世界を照らす役割がある。そのためにも、われわれ日本人が日本文化の普遍的価値を認識しそれを守り育てていく努力を怠ってはならないだろう。