「アンネ」破損、愚かしく恥ずべき行為だ


 数者の心無き行為が、国のイメージを著しく損なうことがある。東京都内の図書館などで起こった「アンネの日記」や関連書籍の連続破損事件がそれである。

異例の捜査本部設置

 「アンネの日記」は、ナチスの迫害から逃れ、オランダ・アムステルダムの隠れ家で過ごしたユダヤ人の少女アンネ・フランクが書き残したものだ。世界的に有名な本であり、彼女の彫りの深い印象的な顔写真とともに日本でも広く知られ、愛読されている。その本が破損されたのだから世界に大きな衝撃を与えた。

 外国の人たちに知ってほしいのは、日本では欧米と違い、反ユダヤ主義はほとんど浸透していないことだ。今回の行為が政治的な動機に基づくものかどうかは不明であり、無知蒙昧(もうまい)な犯人による愚行としか言いようがない。

 米国務省は2月末、世界の約200カ国・地域を対象にした2013年の「人権報告書」を公表し、その中で日本について在日韓国・朝鮮人へのあからさまな差別表現を繰り返すヘイトスピーチ(憎悪表現)を取り上げ、懸念を示した。

 「アンネの日記」の破損事件が世界的に報じられれば、日本は差別が深刻化し、今なお言われなき反ユダヤ主義に踊らされている国だとの誤った印象を世界に与えかねない。

 都内の図書館では対象図書をカウンター近くに置くなどの対策を講じているが、書籍破損自体が許せない行為だ。わが国は敗戦という手痛い経験を経て言論・出版の自由を獲得した。今回の事件は、その自由への真っ向からの挑戦である。

 菅義偉官房長官は「わが国として受け入れられるものではなく、極めて遺憾なことであり、恥ずべきことだ」と非難した。警視庁は器物損壊事件としては異例の捜査本部を設置し、捜査に乗り出している。断固として犯人を追及し、その動機の解明に当たるべきである。

 世界の反ユダヤ活動の監視を続ける米国のユダヤ人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・ロサンゼルス)のエイブラハム・クーパー副代表は、事件について「アンネの日記が世に出た時、人種差別主義者やネオナチは作り話と言いたがった。今回の犯人はある意味、同じことをしようとしている」と指摘した。

 さらに「日本にはネットの過激派やナチス崇拝者がいる」と述べた。心配するのは分かるが、少々過剰な反応ではないか。日本にごく少数のネオナチ的な言動をする人物はいても、彼らは大衆から浮き上がっており、見向きもされていない。日本社会に民主主義が深く根を下ろしていることを理解してほしい。

「知の遺産」守る決意を

 来年には、東京と広島でホロコーストやアンネについての展示が計画されている。若い世代が全体主義のおぞましさについて学ぶ良い機会を与えるに違いない。

 「アンネの日記」はナチスのユダヤ人迫害を伝える名著である。事件を契機に「知の遺産」を守る決意を新たにしたい。

(3月6日付社説)