謀略国家中国の本質 群雄争覇の兵法を踏襲


騙され続けたアメリカ

 中国の歴史書『三国志』は日本でも人気の古典だが、その中にこんな話が記されている。

 呉王の孫権の部下に呂蒙という将軍がいた。武勇轟く猛将であったが、無学・無教養であったため「呉下の阿蒙」と揶揄(やゆ)されていた。ある時、孫権は呂蒙に「武勇ばかりでなく学問も大切だ。とにもかくにも兵法書の『孫子』と『六韜』を読むがよい」と助言した。

 一念発起、兵学の勉強に励んだ呂蒙はその後、蜀の名将関羽を権謀術数をもって討ち取るという武功を挙げることになった。

 ここに登場する『孫子』と『六韜』とは、春秋・戦国時代に成立した中国の最も優れた兵法書と言われるもので、「兵とは詭道なり」(『孫子』)、「謀の道は周密を宝となす」(『六韜』)というように兵法の要諦は謀略や権謀にあるとしている。

 因(ちなみ)に日本における兵法書の嚆矢(こうし)としては、平安時代末期の『闘戦経』がある。武の本体は「誠」であって、「兵の道にある者は能く戦うのみ」、つまり武の道にある者は剛気真鋭をもって正々堂々と戦うことであるとしている。これが武徳を重んじた武士道精神の淵源となり、時代が下って日本陸軍の戦術書である『作戦要務令』にも「必勝の信念堅く、軍紀至厳にして攻撃精神充溢せる軍隊は、よく物質的威力を凌駕して戦勝を全うし得るものとす」と謳(うた)われ、日本古来のエートスを犇(ひし)と留めていたのである。

 端的に言えば日本の兵法は正道を尊(たっと)ぶのに対して、中国の兵法は詭道を基にしており余りにも対蹠(たいしょ)的である。中国が歴史的に見て謀略国家であるのは、度重なる群雄争覇の戦乱と易姓革命の歴史に基づくものであり、陰謀や策略が現在の中国の戦略でも踏襲されていることを肝に銘じておかねばならない。

 近刊の『China2049 秘密裏に遂行される世界覇権100年戦略』(マイケル・ピルズベリー著 日経BP社)で、ニクソンからオバマに至る政権で対中国の防衛政策を担当した中国専門家のピルズベリーは「米国は中国に騙され続けてきた」と衝撃的な告白をしているのである。そして現在も続行中の中国の100年戦略の土台となっている九つの要素を挙げている。

 「敵の自己満足を引き出して警戒態勢をとらせない」「敵の助言者をうまく利用する」「勝利を手にするまで数十年、あるいはそれ以上、忍耐する」「戦略目的のために敵の考えや技術を盗む」「長期的な競争に勝つ上で、軍事力は決定的要因ではない」「覇権国は支配的な地位を維持するためなら、極端で無謀な行動をとりかねない」「勢を見失わない」「自国とライバルの相対的な力を測る尺度を確立し利用する」「常に警戒し他国に包囲されたり騙されたりしないようにする」

敵の同盟・友好を分断

 これらはいずれも戦国時代の兵法に則ったものだ。紙幅の関係上、ここでは九番目の要素についてのみ敷衍(ふえん)しておく。これは『孫子』にある「上兵は謀を伐つ。其の次ぎは交を伐つ」で、その意味は最上の戦争は敵の陰謀を見破ることであり、その次は敵と同盟・友好国との外交関係を絶つことである。

 先日のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議や東アジア首脳会議でも南シナ海問題に関して、中国は米国に対抗し、ASEAN諸国を経済協力という好餌(こうじ)で個別切り崩しを図った。さらに付言すれば、韓国はすでに中国に取り込まれていることだ。「連衡の策」で秦に取り込まれた韓がどうなったかは歴史に学ぶべきであろう。

 日本は謀略国家中国の本質を確(しか)と見抜かねばならない。まさに「彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆(あや)うからず」である。