我喜屋監督の興南、雪辱は来年


沖縄発のコラム:美ら風(ちゅらかじ)

 沖縄の夏は、終戦記念日とともに終わってしまった。甲子園の話だが、多くの沖縄県民の感情だ。

 2試合目の15日、記念式典が開かれる時刻に登場した興南は東千葉代表の木更津総合に0-7で敗れた。終戦記念日の試合ということで、我喜屋優監督は「特別な意識をしないように指導した」というが、選手たちは固くなっていたのかもしれない。正午の黙祷(もくとう)の後、バントのミスでチャンスをつぶし、試合の流れを完全に失ってしまった。

 今年の夏の甲子園は、100回目の節目の大会。沖縄県代表の興南は2年連続12回目の出場を果たした。この大会に出場することはもちろん、優勝への思いが誰よりも強かったのは我喜屋監督ではないだろうか。

 我喜屋氏は、50回大会に選手として出場し、県勢初のベスト4に進出した。その後、社会人野球の選手、監督を経て、約40年ぶりに沖縄に戻った。監督就任後、2010年に春夏連覇の偉業を果たした。

 我喜屋氏は本紙とのインタビューで、100回大会にかける並々ならぬ気持ちを吐露した。目標については「全国制覇」とは表現しなかったものの、「大きな足跡を残したい」と語った。

 昨年夏は1回戦負けを喫している。それからすれば成長したといえる。ただ、我喜屋氏からすれば物足りない結果だったが、2年の時に初戦敗退したソフトバンク所属の島袋洋奨氏を例に挙げ「彼も負けから学んで頂点まで行ったから、この経験を無駄にしてほしくない」と話す。

 2回戦で打たれた宮城君はまだ2年生だ。他にも、スタメンには1、2年生が多く、伸びしろは大きい印象だ。夏の悔しさを糧に、一回り大きくなって来年の夏、甲子園の舞台に戻ってきてほしい。

(T)