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信頼関係築き相乗効果発揮を


普天間基地移設 経緯の検証と提言(5)

万国津梁機構・一般社団法人 仲里嘉彦理事長

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沖縄国際海洋博覧会の跡地に造られた海洋博公園

 沖縄県の観光リゾート産業は現在、同県の経済発展の柱に成長している。昭和50年7月20日から翌年1月8日まで沖縄本島本部で沖縄国際海洋博覧会が祖国復帰記念事業の一環として開催され、同年はじめて沖縄への観光客が100万人を突破して155万8000人に達した。平成26年度は716万人に達した。

 祖国復帰に伴い設置された沖縄総合事務局は、国の出先機関であるが、当時、沖縄国際海洋博覧会の担当だった池口小太郎氏(作家の堺屋太一氏)が、海洋博開催後の沖縄観光振興について協議するため、県の担当職員に会議への出席を要請しても関心がないこともありほとんど集まらなかった、というエピソードを本人から聞いたことがある。

 ことほど左様に復帰時にはリゾート観光産業として成り立つかどうか全く目途が立っていない段階で、沖縄の復帰記念事業として国が政策に掲げて海洋博を開催したことが、沖縄振興の成功事例であることを強調しておきたい。

 私は、復帰前年の昭和46年に産業新聞の那覇支局開設に伴い支局長として沖縄に赴任した。以降、沖縄産業経済新聞の創刊、月刊「自治新報」の創刊、万国津梁機構の設立など復帰以降一貫して沖縄経済振興の立場から新聞記者としてまたは雑誌記者として携わってきて感じることは、政府の沖縄振興策は極めて適切であったということである。

 その一方、こと基地問題について政府は、後手後手だった。基地絡みで派生する米軍による事件・事故、騒音、環境汚染などの問題が起きる度ごとに、改善策を政府に要請しても政府は弱腰外交姿勢で、対等に米国と交渉することが難しく問題の解決に至っていない。例えば、日米地位協定の改定について沖縄県から幾度となく政府に要請活動を行ってきたが、いつも運用の改善ということでお茶をにごされてきた。

 平成24年9月9日にオスプレイ配備に反対する県民大会があり、共同代表は那覇市長時代の翁長雄志氏だった。この大会後、県内41市町村長と県議会議長、県議らは建白書を政府に提出した。

 政府は普天間飛行場が市街地のド真中にあって世界一危険な基地であることを十分承知しながらオスプレイを普天間飛行場に配備したのは無神経である。

 これらの反省を踏まえ、政府・沖縄の信頼関係を再構築した上で、この基地移設問題の円満解決に全力を注ぐことが肝要だ。

 北部振興事業は辺野古への基地の移設が条件になっていることを改めて県議会や市町村議会、とくに直接関係している北部12市町村議会で議論してもらうとともに、講演会や座談会、対談などを通じて世論を導いてもらいたい。

 最後に強調しておきたいことは、これまで「琉球新報」「沖縄タイムス」は北部振興事業が普天間基地を辺野古に受け入れることを条件に実施されてきた事実をほとんど報道してこなかった。真実を公正・公平に報道すべき地元2紙が沈黙を決め込んでいるのは問題だ。真実が報道されていれば、多くの県民は苦渋の選択とはいえ、道義的、信義的にも辺野古移設を受けざるを得ないという結論を導き出すはずである。

 今後、政府と沖縄県が胸襟を開いて、まず当面の最大の政治課題となっている普天間飛行場の移設問題を解決し、お互い信頼を築き国益・県益が構築できるよう関係改善し、相乗効果が発揮できるような施策を展開することにより、明るい未来をつくる方向を目指すことを念願したい。

(終わり)