ブラジル・マットグロッソドスル州在住
濱田純一
カーニバル文化の弊害
ブラジルの人気バラエティー番組の中に、DNA鑑定をし、出演した男性の子供であるかを発表するコーナーがある。もちろん、女性のほうは自分が産んでいるので分かっているのだが、男性は自分が父親かどうか分からない。鑑定結果の発表は番組のエンディングで行われ、それまでにさまざまな恨みつらみを主に女性側が吐き出し、男性側も反論したりしていくのが見どころとなっている。もちろん夫婦になっている男女間ではない。昔、付き合っていた、関係があった、ということだけである。
先日、このコーナーに有名な男性人気歌手が登場していて驚いた。結果はネガティブ(父親ではない)だったが、そういう企画に呼ばれること自体、普通ではない。そもそも女性が、誰が父親か分からないほど、男と関係を結んでしまう現実のほうが深刻なような気がする。
カーニバル文化というほど、男女関係の倫理観は自由奔放なお国柄。とりわけ、毎年カーニバルの期間は、国中がカーニバルモードに入ってしまって、誰と関係しても許される、という暗黙の了解がある。友人の子供の誕生日が十一月なのだが、教室の掲示板に目を向けると、十一月生まれの子供たちがクラスの三割を超えていたそうだ。自分の息子も、そういうカーニバル・ベビーたちと一緒に思われるのが、どうにも耐えられないというようなことを言っていた。