ブラジル・マットグロッソドスル州在住
濱田純一
日本と親密パラグアイ
ブラジルの私の町は、パラグアイ国境の町まで百二十キロ、バスで一時間半(約三百円)という近距離にある。時差もブラジリアなどから一時間で、パラグアイと同じ。しかもこのあたりは、十九世紀のパラグアイ戦争以前はパラグアイ領だったということもあり、街にはパラグアイからお嫁に来た人、国境の町出身で、パラグアイの言語であるスペイン語、ガラニーなどを話す人も多く、国際的な雰囲気満載で、南米内陸部独特の文化が存在する場所だ。
日本時間の四月一日午前中に行われた、二〇〇六年ワールドカップ南米予選第五節は、パラグアイの首都でブラジルとパラグアイが対戦し、0対0の引き分けだった。なんとこの試合、開始早々、約三十分間、停電で中断。このあたりでは雷や大雨でよく停電になるが、ほかにも日本では考えられないくらいに発電所からの送電が頻繁にとまったりする。
地球の反対側なのに、日系の技術と資本が大規模に投入されて広がる大豆畑があったり、日本人が中心となって、学校の道徳の教科書作りのプロジェクトを進めたり、パンタナール大湿原地帯に入植して、現地人とともに新しい街づくりをしたりと、最近でも日本人の活動は活発だ。
アテネ五輪のサッカーでも対戦するかもしれないが、意外と日本との友好が親密なパラグアイをもっと理解していただければと思う。