韓国・ソウル在住
原田 一
徐々に消えゆく日本色
一九九三年八月十五日、日本統治時代に朝鮮総督府であった国立博物館の撤去が開始されてから早十年がたつ。それを象徴するように、韓国内の日本の色が次第に消えていく。先日、久しぶりに訪れた南山(ナムサン)の麓、中区(チュング)筆洞(ピルドン)が、数年前とは全く別の街のように感じられた。
かつては日本式の瓦屋根の家が数多く見受けられ、まるで日本の昔にタイムスリップしたようだったが、今では四、五階建てのレンガ造りの住宅街に変わり、区画整理もされて道も広くなった。
一方、女性の名前も「○子」という日本式の名前はほとんど見られなくなり、漢字で書けない純粋なハングルだけの名前も多くなった。さらに、つい最近、色の呼び方が日本式だったものから四十年ぶりに韓国固有の呼び方に変えることになった。例えば、「緑色(ノクセク)」は「チョロクセク」という。
聞くところによると、学者たちの間では、街の名前が日本統治時代に便宜的に変えられたので、元に戻そうという論議がある。さらにそれを超えて、山、川、道の名前まで調査しなければならないともいう。
しかし、行政手続き上の問題があり、名前の由来を調べるには人員と時間が必要で、それらを変えるのは容易ではない。もし変わったら、日本人旅行者は、漢字表記でないカタカナ表記ばかりの地図やガイドブックを見ることになるかもしれない。