エジプト・カイロ在住
鈴木眞吉
神のためにする“断食”
アラブ・イスラム諸国は今、ラマダン(断食月)入りし、エジプトでも九割以上の人々が日の出から日没まで一切の飲食を断ち、アッラーに祈りをささげ、貧しい人に思いをはせて暮らしている。
この期間はどうしても町の雰囲気が暗くなり、行き交う人々の表情から明るさが消える。夕方になると、あちこちで寝そべるように体を横たえ、日没が来るのを待ち遠しそうに目を細める人が多くなる。
一方、裏町ではテーブルが広げられ、近所の人や貧しい人向けの食事が用意される。近所の門番たちや魚屋の従業員たちなど、それぞれの共同体がいろんな形態で断食明けをする。
私もいくつか食事に呼ばれて行ったが、おなかをすかしている割には、食事は豪華でもないし、皆思ったほどの量も食べてはいない。ガツガツという雰囲気がないのも不思議だ。祈りは個人のためにするが、断食は神のためにする。すなわち、神を信じる者は何でもできるという証を立てる。日常はうそをついても、この期間はうそをついてはならない。
ではこの期間に犯罪が減るのかと知人に聞いたら、「人間には罪があるからね」と言って笑った。断食中であることを忘れて何かを食べたらどうするかと聞いたら、それは神の恵みだから罪にはならないという。なんとも寛容な宗教である。
イスラム教で最大の罪は神を信じない不信の罪となっている。