ドイツ化した日本語
最近、日本語をドイツ人に教えている日本人の友人から、興味深い話を聞いた。夫がドイツ人の彼女は、もう二十年以上もドイツに暮らしている。
先月、ドイツ在住の日本語教師のためのセミナーが開かれた。日本から講師として招かれた大学教授が、効果的な日本語授業のために講義をした。
教授は、何人かの受講生(ドイツ在住の日本語教師たち)に、ロールプレーをさせ、それが終わったあと、こんなコメントをした。
「あなた方の使われた日本語は、あまりにも直接表現が多く、私は、そのきつさにとても驚かされました。日本語はもっと優しく、控えめな言葉で、間接表現が多いのです。皆さんは、日本語をしゃべっていると考えておられるようですが、それはもはや本当の日本語であるとは言えません。ドイツ化された日本語です。これから日本語を教えられるとき、どうかそのことを考えながら、本当の日本語をドイツの人々に教えてあげてください。そうでないと、あなた方の生徒さんたちは、日本に行って、本当に困ってしまうでしょう」と。
友人たちは、その教授の言葉を聞いて非常なショックを受けたようだ。同時に、その教授の言葉が正しいとみな感じ、大いに反省させられたのだという。
彼女は、ダイムラー・ベンツの社員に日本語をマン・ツー・マンで教えている。そのベンツの社員は、日本に数年間滞在していたこともあり、彼の日本語は上級クラスである。
彼は、授業の始まる前に、「よろしくお願いします」と頭を下げてお辞儀をし、私の友人は、無意識に握手で応えようとする。
長い間ドイツに住んでいる私の友人には、握手をしてあいさつをかわすというこちらの習慣が、自然なものとして身についてしまっている。それゆえ、お辞儀だけのあいさつでは、何か物足りなさを感じてしまうのだ。
セミナー以後、私の友人は、ベンツの社員に、お辞儀だけで握手はせずあいさつを交わすよう努めているというのである。
(省)

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