世界の街角
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韓国・ソウル特別市在住
竹井弘樹

「コップ1杯の余裕」を

 都市生活の中、ふとどうしてこんなに忙しくしているんだろうと思わされたことがあった。ある朝の出勤の際の出来事。

 いつものように電車の駅に向かうと、オレンジ色のチョッキを着たおばさんたちが、駅の入り口の階段の前で、お茶やコーヒーの入ったコップと一口ビスケットをお盆の上にのせて、通りがかりの人に配っている。駅近くの教会から伝道活動に来た人たちだ。

 何気なく横を通り過ぎようとすると、「お茶を一杯どうぞ」と言う。なんだこの朝の忙しい時にと思いながらも、お茶と小さな冊子を受け取った。お茶の入ったコップを、こぼれないようにそっと持って、なんとかホームにたどりついた。

 電車の発車までに少し時間があったので、ホームのイスに腰かけて、お茶を飲みながら、冊子に目を通した。そこにはこんなことが書いてあった。「音楽に『休止符』がなかったらどうなるでしょうか? 演奏者は体力の限界を感じ、声楽家はもうこれ以上、歌を歌い続けることができなくなるでしょう。適当なところにある『休止符』は、音律ほど大切なものです。『休止符』は、音楽的調和のために必ずなくてはならない絶対的な要素なのです」と。

 つい忙しく暮らしていると、我を忘れてしまうことがある。こうした生活の中で「コップ一杯の余裕」をみつけるのも大切なことではないだろうか。


エジプト・カイロ在住
鈴木眞吉

“堕落”元修道士の報道

 エジプトの週刊新聞が六月中旬、コプト教(エジプトのキリスト教)の元修道士が、複数の女性と性的関係を持った上、その行為の模様をビデオテープに収め、多くの人々に一本百ポンド(約三千三百円)で販売していたという写真入りの記事を掲載した。

 イスラム教国家で、そんなことが起こるとは夢にも思わなかったと国民の大多数がショックを受け、キリスト教界はもちろん、イスラム教界、マスコミ界、政府までをも巻き込んだ騒ぎとなった。

 同教会では、元修道士の行為と教会指導者に抗議して職員が仕事を放棄した。が、それ以上に報道した新聞社に対する抗議が激化、カイロで五百人、南部の都市で千人がデモを行った。元修道士は逮捕され、掲載した新聞社は廃刊に追い込まれた。

 ムバラク大統領は、この「わいせつ」報道でキリスト教とイスラム教の対立が緊張化していることを憂え、双方の対立に警告を発した。

 意外なのは、不道徳や教会の責任を批判する以上に事実を書いた出版社に抗議するということだ。淫らな報道を流し、世の中を騒がせた出版社の良識を問うという責め方をしている。これは本質からずれていると思うのだが、イスラエルとの緊張をかかえ、社会の不安定化による国民の一体感が失われることが何よりの脅威になっているのだ。言論の自由が社会の安定という名のもとに制限されている。


ロシア・モスクワ在住
大川佳宏

理髪師の髪形「写真記憶」

 日本にいるときから、床屋に行くのがおっくうだった。変わった髪形ではないのだが、いちいち切り方を説明するのが面倒なのだ。それはモスクワに来てからも変わらなかった。でも、髪は伸びてくる。先日、いつものように仕方なく床屋に行った。ここは前に一度来たことのある、ごく普通の床屋だ。

 散髪用のイスに腰掛けると、理髪師の女性から髪形をどうするか聞かれた。が、説明を始めようとした瞬間、なぜか言葉を遮られた。「ちょっと待って。あなたの髪形、覚えているわ。前に来たことあるでしょう。私、写真記憶ができるのよ」

 写真記憶(フォトコピー)――。見たものをそのまま、写真のように覚える能力である。右脳開発の本で読んだことがある。

 「写真記憶ですか? それはすごいですよ。教科書をそのまま覚えたら、試験はいつも満点じゃないですか」

 「うーん。床屋に来る人の髪形は覚えられるんだけど、なぜか学校の試験はダメだったわ。成績は悪かったわね」

 とにかく、面倒な説明なしで散髪してくれるのはありがたい。二十分程で散髪は終わり、気分よく店を出た。

 が、家に戻ったところで、その良い気分は吹き飛んだ。妻にこう言われたのである。「あら、髪形、前と少し違うね」

 あの理髪師の学校の成績が悪かった理由が、分かった気がした。

(大川佳宏・モスクワ在住)


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