世界の街角
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米国・ニュージャージー州在住
アンダーソン京子

雨に濡れ生き方を学ぶ

 米国には雨期がない。しかし夏は夕立と雷がやけに多い気がする。町には道路の並木や庭の木々が生い茂り、大雨や大雪、大風があると決まってどこかの木が倒れ、枝が折れる。その際、電線に触れ、停電になることもしばしばだ。

 日本人の私は雨が降ると、たとえ小雨でもすぐに傘をさして濡れないようにする。それは、濡れるのが嫌いなことと、濡れたら風邪を引くと考えるからだ。

 しかし、こちらの人たちは、あまり濡れることに対して抵抗がない。雨が一日中しとしとと降ることはあまりない。雨が降ってもすぐにやんでしまうせいか、雨が降り始めても傘をささずに平気で歩いている人を多くみかける。

 また雨が降ると、子供にすぐに傘をさすように指示するが、夫は時々疑問に思い、「どうして日本人は傘をさしたがるのか」と尋ねてくる。「子供たちも時には雨に濡れて、生き方を学ばなければいけない」と言うのである。

 実際、子供たちに「もし、下校時に雨が降り始めたらどうするの?」と尋ねたら、「そのまま濡れて帰ってくる。濡れたら、着替えればそれで済むことだ」と答える。

 この考え方の違いはどこから来るのか、分からない。ミュージカル映画「Singing in the Rain」を思い浮かべながら、自然を愛し、自然に生きるのもいいのかもしれないと思う今日このごろである。


モンゴル・ウランバートル市在住
加藤誠也

夜11時まで遊ぶ子供ら

 モンゴルの幼稚園、学校は六月から八月まで夏休みだ。この期間の昼はとても長く、午後十一時ごろまで明るい。冬は寒さが厳しく外で遊ぶことができないので、子供たちはこの時期に思いっきり遊ぶ。また大人も短い夏をおう歌しようと、都市の人は最低でも数週間の休暇をとり、郊外のダーチャという山小屋でのんびり暮らすのが普通だ。

 セ氏三〇度を超す暑い日もあるが、湿気がなく日陰は涼しいし、郊外の緑の草原は人々の心を和ませてくれる。日差しが強烈で、帽子なしで長時間外にいれば、日射病や熱射病にかかる心配がある。だから、昼間は家の中で休むことが多い。

 モンゴル伝統の移動式住居ゲルなら外を覆っているフェルトのカバーの下をめくると、とても気持ちいい風が入ってくる。自然の中での休息が楽しめる。貧しい国ではあるが、あくせく働く日本人からすれば、優雅な夏の過ごし方をしている。

 都市の遊び場では、強烈な日差しを避けるため、二時から四時ごろまでいったん遊ぶ子供の姿が消えてしまう。しかし四時を過ぎると、また子供たちの遊び声が外から聞こえてくる。それは十一時ぐらいまで続く。

 子供がこんな遅くまで遊んでいたら、生活が不規則になって健康によくないと思ってしまう一方、こんな遅くまで子供たちが遊んでいられる治安のよさにはほっとさせられる。


南ア共和国・ヨハネスブルク在住
長野康彦

文明と断絶−電話不通

 六月中旬、一週間ほど家の電話が不通となった。携帯電話で電話会社に問い合わせると、地下ケーブルが盗まれて、私の住んでいる地域一帯の電話が不通になっているという。このような事件は年に一、二回発生するが,「またか」という思いに昨年の時ほどの驚きはなかった。銅製の電話線はやみ市場で売れるらしく、電話線に限らず道路上にある鉄製の下水道入り口ふたや鉄道のケーブルなども盗まれると、現地の友人から聞いた。

 電話が不通の間、何よりも不便を感じたのはインターネットに接続できず、eメールを使えないことだった。メールの送受信を一日しないだけでも、なぜか世界から取り残されたような気分になる。それほどインターネットが生活の一部となっているのかと驚く半面、文明の利器に踊らされてしまっていないかと反省の思いもわいてくる。

 ちょっと前、「キャスト・アウェイ」というトム・ハンクス主演の映画を見た。主人公の乗った飛行機が海に墜落。奇跡的に命を取りとめた主人公が無人島に流れ着き、文明から完全に断絶されてただ一人、生きる道を模索するというストーリー。

 筋書きでは四年後、無事に救助されるのだが、文明から遮断され世界とのコミュニケーションを断たれるといった状態がどれほどつらいものか、ほんの少しだけ味わった今回の「電話不通事件」だった。


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