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ドイツ・ベルリン在住 富田武史
サッカーを動かす神様
ここ数週間、ドイツでは“サッカーの神”という表現が頻繁に使われた。キリスト教国のドイツにしては、面白い表現である。
ところで、ワールドカップの早期敗退や欧州杯での予選敗退など、ここ数年低迷が続く“サッカー王国”ドイツにあって、欧州クラブ杯では、FCバイエルン・ミュンヘンが優勝したことで、盛り上がった。
ドイツ一部リーグのブンデスリーガは、まれにみる混戦で、ホイッスルが鳴る最後の瞬間まで優勝の行方が分からなかった。優勝を争ったのは、欧州クラブ王者にもなったドイツの名門FCバイエルンと、ルール工業地帯に本拠地を構える人気チーム、シャルケ04。
最終前節では、最後の一分間でシャルケが敗北したかと思えば、同様に最後の一分間でバイエルンが勝利を勝ち取った。勝ち点の差が三でバイエルンの優勝が確実視された最終節、シャルケは苦戦しながらもホームで勝利。その一方でバイエルンは九十分に相手チームに得点され、勝負あったと思われた。先に試合を終えていたシャルケは、速報を聞いて、すでに優勝の祝賀をしてしまったのだ。
ところが、ロスタイムにバイエルンが得点し、三年連続の王者となった。マスコミは、この劇的な幕切れを、「サッカーの神はバイエルンについていた」などと表現、シャルケの不運に同情した。
ドイツのサッカーシーズンの終わりを告げる国内クラブ杯では、一週間前に“サッカーの神”に見放されたシャルケが見事に優勝した。地獄を味わわされるという試練を乗り越えたシャルケに、サッカーの神様は最後に祝福を与えた。
米国・ニュージャージー州在住 アンダーソン京子
落ち着き始めた花粉症
春は、四季の中で一番好きな季節だった。しかし、花粉症で悩まされるようになり、目はかゆく、鼻水がとめどもなく流れ、今年はのどまで痛かった。花粉症患者にとって今年は大変つらかった。
まず、四月の下旬まで気温がセ氏四、五度までしか上がらなかった。人々は長い冬を感じていた。普通なら四月に入れば、暖かい日を感じ始めるころである。今年は例年に比べて遅い感謝祭にもかかわらず、感謝祭を過ぎても冬を思わせる寒さが続いた(感謝祭は人々にとって,春の到来のシンボルである)。
そして、五月に入り、気温が上がり始めたら、今まで眠っていた木々が目覚め、一斉に花粉を漂わせ始めた。それに輪をかけて、雨の降らない日が一カ月ほど続いた。浮遊している花粉は地に落ちることもなく、空中を舞い続けた。空気中の花粉の濃度は例年に比べ、八倍から十倍という異例な高さだった。
今まで花粉症になったことのない人までが花粉症になり、医者と薬局は忙しかった。薬局では次から次へと薬が売り切れ、例年の十倍の売り上げとなった。
また、子供たちは花粉が原因でぜん息にかかり、小児科の緊急治療室には毎日三、四人の子供たちが運ばれてきた.
町中の車は黄緑色をしている。少し粘り気のある花粉で汚れ、人々は洗車をすることもあきらめたようだ。これらの原因は松、ポプラ、カバなどの木だという。自然界に人間が順応できずにいることは本当に悲しいことだ。
一週ほど前から雨が毎日のように降り始め、花粉症も少し落ち着きを見せ始めた。
韓国・ソウル特別市在住 竹井弘樹
陰暦の“閏月”と結婚式
会社の同僚が、五月十九日に慌てて結婚式を済ませた。なぜこの日を選んだのかと聞くと、それより遅く式を挙げると閏(うるう)月がくるからとの返事。
閏月? 日本人の私にはあまり聞き慣れない言葉であった。そこで調べてみると、『一朔望月(満月から次の満月になるまでの時間)が、二十九・五三〇五九日、一太陽年が三百六十五・二四二二日なので、陰暦の十二カ月は、太陽年の十二カ月より、約十一日短い。したがって三年に一月、または八年に一月閏月を入れる必要がある』とある。そして、今年がその閏月のある年で、五月二十三日〜六月二十日までが、その期間にあたり、陰暦では四月が二回あるわけだ。
さて、閏月と結婚式はどういう関係があるのか探ってみた。閏月は、二〜三年に一回くる空き月だから「四柱」がよくないという説から、この月の結婚式は避けられるようになった。実際に結婚式場は、平年の二〇〜三〇%の予約状況だと報道されている。
その半面、閏月には「天と地の神が監視を休む期間で、一般的に不吉と呼ばれる行動も神罰を避けることができる」という説から、『壽衣』という死んだときに着せる服を生きている人にあつらえたり(「閏月に『壽衣』を準備すると無病長寿になる」という)、墓を移動したりする適期と言われる。
一般に韓国の暦には、陽暦が使われているが、同時に必ず陰暦も書かれている。正月など年中行事は、ほとんどが陰暦で、誕生日も陰暦を使っている人は多い。韓国社会において陰暦は、切り離せない生活の一部となっているといっても過言ではない。

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