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韓国・ソウル市在住 京谷訓浩
寒波に見る世相の変化
韓国では、今年は暖冬で寒くなくてよかったと思っていた矢先、大雪が降り、その後に十五年ぶりの寒波が襲いました。ソウルでは、一月六日から降った大雪により、空の足は二、三日の間、完全にまひし、海外からの旅行者や国内便の利用客に大きく影響を与え、道路もスリップ事故などが多発し、大渋滞となりました。
暖冬だから雪はすぐに溶けるだろうと思いきや、十日ごろから寒波が韓国を襲い、最高気温が零下という真冬日が続いて、ソウルでは最低気温が零下一八・六度まで下がり、場所によっては零下二九・六度まで下がったところもありました。この寒さで、自動車もエンジンがかからず、かかっても走行中にエンストしてしまう車が後を絶ちません。北海道では、このような寒さを「しばれる」と表現しますが、まさしく「しばれる」日が続いています。外に出ると鼻の穴が凍ってしまうし、目はトゲが刺さったように痛く、こんな寒さは初めてです。
しかし、八年前に私が韓国に来た当時、雪が降ったときには住民がそろって出てきて、みんなで雪かきをしていたものですが、今回の様子を見る限り、雪が降った後に雪かきをみんなでやっている姿をほとんど見かけませんでした。自分の家の前だけでも除雪したらよいのにと思うのですが、それもしないところが目に付くのです。
どうも、ソウルの人たちの意識が「自分がやらなければならない」から「だれかがやるだろう」へと変化しているようです。この八年間で、韓国に個人主義が浸透してしまったことを感じます。どうか、助け合う気持ちを忘れないでほしいものです。
ブラジル・マットグロッソドスル州在住 濱田純一
インディオ独特の社会
南米の国々は、その昔、インディオの住んでいた土地をヨーロッパ人が占領して建国していった歴史があるが、ブラジルには今もあちらこちらにインディオの部落がそのまま残っている。
米国と比べれば、人種差別のない国として知られるブラジル。しかし暮らしてみると、人々の心の中には、歴然とした優劣の順序がある。社会の上層部を占めるのは、ヨーロッパ系の白人が多いし、黒人やインディオたちは、奴隷や被占領者としての歴史を引きずっている。日系人は、伝統的に培ってきた社会的位置をしっかりと確保して、白人たちに負けないほどの尊敬を受けている一方で、お隣のパラグアイ人などは蔑視されているきらいもあるし、ましてやインディオとなると、数キロの距離を隔てただけで、住んでいる世界が完全に違う。
インディオの部落は、大抵は都市部からは少し離れていて、ほとんどは小学校レベルの教育を受けるか受けないかで終わるという。彼らは街のスーパーなどにも、平気で裸足で現れ買い物をしているし、普段は馬車で子供をたくさん連れてきては、何かものをねだって、家々を訪ね回っている姿が目立っている。
政府が援助して、彼らの教育水準を上げようものなら、なにを言い出すか分からない、というのもあるのだろうか。差別がひどくはない一方で、現実的な不平等には目をつぶっているのが実際のところだ。この国では、一部の大土地所有者と、かつての占領者たちが優位なシステムがいまだに存続していて、先進国のものさしでは計れない、独特なラテンアメリカ社会が形成されている。
米国・ニュージャージー州在住 アンダーソン京子
日米教育の違い「褒める」
子供が幼稚園に通い始めたころ、子供に対する先生の対応が日本と大きく違うことに驚いた。それは幼稚園だけではなく、小中学校もそうであり、人々の会話の中にも発見した。
それは「褒める」ということである。これが国民性と言われればそれまでだが、多くの人が非常に相手を褒めるのが上手である。日本語で褒め言葉がどれだけあるのかは数えたことはないが、英語の褒め言葉のほうがずーっと多いのではないだろうか。そして、その褒め方もただの「おだて」ではなく、本人が自分自身の良さを発見して確認させ、才能を伸ばしてあげるやり方である。
日本の場合は、本人の悪い点や劣る点を指摘してあげて、それを引き伸ばし全体を良くするどんぐりの背比べ方針が主であろう。私は日本の学校を卒業したが、悲しいかな、学校で先生から褒められた記憶があまりない。「頑張れ!」とはよく言われた。それに比べ、中学一年生の娘は毎日のように「きょうは先生にこれを褒められた」と報告してくる。
典型的な日本人の私は褒められて育ってきてないから、褒めることが非常に下手である。問題なのは褒められる環境で育っている自分の子供たちとの意思の疎通だ。褒められて気を良くして、学校から帰って母親に報告した時、母親が同じようにうまく褒めることができず「よかったね」と言ってあげることぐらいしかできない。そうすると、子供は母親から理解されていないと思うらしい。親子の対話の中にも、国民性の違いを乗り越えて愛と理解が必要なわが家である。

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