インドの電話 権利取得は依然困難
2000ルピー払わねば申請後一年
インドのデリーでフラットを購入して一カ月ほどしたある日、電話局の新聞広告を目にした。○○日までに申し込みをすると、今月中に電話が設置される、という内容だ。電話の権利の取得はまだまだ困難なのが現状で、私が電話局に飛んで行ったのは言うまでもない。
手続きを終えて、念のため「いつ付きますか」と尋ねる。「今月中」という返事を確認し、ホッとして家に戻った。だが、実際に家に電話が付いたのは、それから一年と四カ月が過ぎてから。
最初の数カ月間は、これはおかしい、何か手違いがあるのでは、と何度も足を運ぶ。
担当者は、リストを出してきて、「あなたの前に、まだこれだけのお客さんがいますから」と取り合ってくれない。階下のおじさんは「二千ルピー払うと来週付く。払わなければ、一年後だ。ここはインドですよ。ワッハッハ」と入れ知恵してくれたが、私はそういうことがダメなのである。
ヒンディー語を教えてくれた近くの塾の先生は、申請して四、五年経ってもナシのつぶてだった。街角で配線のチェックをしていた職員に話すと、「三千ルピー払え」と言われた。その通りにすると、三日後に付いたという。
私は、電話はもう付かないものとあきらめ、携帯電話で間に合わせることにした。
その日は突然訪れた。申請してから一年四カ月。電話局の職員が、一枚の用紙を持ってやって来たのだった。
それに記入すれば、スケジュール表に載るということで、電話が付く日も近いというわけだ。
その後、二週間ほどして、彼はワインレッドのプッシュホンを持って来て、電話線につなぐ。「まだ番号はない。明日だ」と言って帰った。
しかし、三日経っても五日経っても来ない。
階下のおじさんに、電話は付いたかと聞かれた。電話機は付いたが、まだ使えないと言う。
「この前、職員が来ただろ。そのとき、金を渡したか」
「いいえ」
「どうして渡さないんだ!(どうして渡さなきゃならないの)渡せば、翌日付いていたんだ。今度来たら、お茶代にして下さい、と言って二百ルピー渡しなさい。そうすれば、故障したとき早い」
数日後、いつもの職員がやって来て、遂に電話がつながった。私は、階下のおじさんに言われた通り、「お茶代」を渡しておいた。
それは、一カ月後に電話がうんともすんとも言わなくなったとき、功を奏した。おじさんに相談すると、「電話局に連絡しておこう」と言ってくれた。すると、翌日にはもうツーという音がしてつながっている。おまけに電話のベルが鳴った。出てみると、聞き覚えのある声で「電話局だ。電話の調子はどうか」ときた。
私は、自分のフラットに電話の付く日がくるとは、夢にも思っていなかった。だから、本当に順番が回ってきたことに、感動さえ覚えた。「インドも捨てたものではない」と。
(デリー・小俣千佳子)

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