| 11面 読書 2007/04/08 | back |
【古典を楽しむ】ヘロドトス「歴史」70撃滅されたペルシャ艦船サラミスの海戦について、ヘロドトスの記述は意外にそっけない。ペルシャ側とギリシャ側の船と船がぶつかり合い、たくさんのドラマがあったと思われるが、布陣態勢やいくつかのエピソードを別にすれば、概略を次のように記している。「さてサラミスのペルシャ軍艦船の大部分は、アテナイ軍とアイギナ軍のために破壊され航行不可能の状態に陥った。ギリシャ軍が整然と戦列もみださず戦ったのに反し、ペルシャ軍はすでに戦列もみだれ、何一つ計画的に行動することができぬ状態にあったから、この戦いの結果は、当然起こるべくして起こったのである」(松平千秋訳) 戦闘が始まると、ペルシャの船はギリシャの船にぶつけられて後ろに逃げようとする。後方に配置された部隊は、クセルクセスが陸上で観戦しているので、手柄を示そうと船を前に進める。海域が狭いものだから、逃げてくる味方の船と後方の部隊とが衝突して、大半は撃滅の憂き目にあってしまったということだ。 船が破壊されても、ギリシャ人は泳ぎの心得があったのでサラミス島に泳ぎ着いたが、ペルシャ兵の多くは泳ぎができないために海中で落命した。 ギリシャ側では作戦計画を綿密に立てていたようだ。訓辞を与えたのはアテナイ人テミストクレスで、「その演説は一貫して、人間の本性およびその情況に関連するあらゆる善悪優劣を対比することに終始した」と著者は記している。判断は指揮官らにゆだねられた。 海戦はひどい混乱状態になったが、アテナイ部隊は抵抗するペルシャの艦船を撃破し、彼らが敗走すると、今度はアイギナ部隊が待っていて撃滅に当たった。 ペルシャ兵が配置されていたプシュッタレイア島には、アリステイデスに率いられたアテナイの重装歩兵が揚陸して、敵を一掃した。 混乱ぶりを伝えるのは、ハリカルナッソスの女王アルテミシアの例である。彼女の船がアテナイ船の追撃を受けて逃げていくと、前方に友軍の船があった。至近の距離だったので、激しく突入していった。故意なのか、そうでなかったのか、ヘロドトスも分からないという。 追跡していた船長アメイニアスは、アルテミシアの船が敵の船に突入するのを見て、ペルシャ軍からの脱走船と判断し、ギリシャ側へ応援に来たものと見なして方向を転じてしまう。実はギリシャ側では、アルテミシアを生け捕りにすべく賞金を賭けていたのである。ところが、アメイニアスは彼女が乗っていることを知らなかったので、追跡しなかったのだ。 一方、観戦していたクセルクセスは、彼女のぶつかった船が敵船だと思って「天晴れな戦いぶり」と讃えたと記録されている。破壊された船の乗組員は全員死亡し、彼女の罪を咎める者もなく、彼女の船は無事パレロンに戻る。 敗戦はクセルクセスの目にも明らかだった。 増子耕一
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