10面 読書 2007/04/08 back

『志ん生讃江』

矢野 誠一編

語り手の数だけある志ん生の魅力

 落語の世界において昭和の名人といえば、五代目古今亭志ん生、八代目桂文楽、六代目三遊亭円生などがつとに有名だ。とりわけ志ん生と文楽は、年齢が近い上に芸風が正反対だということで、対比して語られることが多い。

 緻密(ちみつ)でスキがなく、完璧(かんぺき)主義と言われる文楽に対し、志ん生はズボラ、型破りなどと言われ、天衣無縫ぶりで知られた。そこに志ん生の、えも言われぬ魅力を感じた人も多かったのである。

 本書は、徳川夢声、清水崑、山口瞳、吉村昭、山田洋次など、各界各層の二十七人が志ん生について思い思いに綴(つづ)ったエッセーや評論など、二十三編を収めたものだ。中には対談や座談会もある。

 「酒好き」「バクチ好き」「貧乏暮らし」という言葉は、まるで志ん生を語る上でのキーワードであるかのように、多くの人が取り上げているが、その一方で「ズボラのように見えながら、いつのまにか勉強している」という興津要の証言や、「師匠の三語楼さんが亡くなった時にはネタ帳をそっくり持っていった。三語楼さんの芸をしっかり自分のものにしたんだね」という柳家小さんの文章を読むと、志ん生のまた違った一面を見たような気になる。

 小泉信三が東横落語会のプログラムの後書きとして寄せた文章では、落語家と経済学者という意外な取り合わせに驚くが、小泉はしばしば志ん生を自宅に招き、歓談したり落語を聞いたりしていたようで、特に志ん生の唄(うた)う「大津絵」を大層気に入っていたという。

 志ん生の長男、十代目金原亭馬生は「親父さんの魅力は人間の魅力」と語った。本書には二十七通りの「志ん生像」が描かれている。まさに、語り手の数だけ志ん生の魅力があるのだ。読む側にも、志ん生のイメージがどんどん膨らんでいく。

 「こんな落語家はもう出ない」――編者である矢野誠一氏は、自身のエッセーと後書きの二カ所でそう述べているが、本書を読み終えると同じ感慨が胸に迫る。

辻川みのり

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