| 5面 国際 2007/04/08 | back |
バグダッド南部スンニ派トーラ地区/平定作戦つづける米軍部隊市場で売店再開する商人/有刺鉄線で囲み攻撃を防ぐイラクの首都バグダッド南部のドーラ地区の中心部、かつて「ホープX線診療所」のあったところに前哨部隊駐屯地、「ゲーター」が置かれている。この前哨部隊司令官の部屋の窓には、「スワンプ(沼)」という文字が緑と黒のマーカーでなぐり書きされている。「アリゲーターは沼にいる」と語るのは、第一二歩兵連隊第二大隊のドグ・マディ曹長。「沼」という言葉はドーラ地区を表すのにそれほど間違った喩えではないかもしれない。バグダッド南部のスンニ派がほとんどを占めるこの地域は、過去数年のうちにバグダッド市民にとって無法と破壊を意味する言葉になった。 米軍は、いくつかの高速道路が交わっており、主要な石油精製所と発電所のあるドーラ地区の暴力をなんとか抑えようとしている。昨年十二月から米軍の部隊が精力的に巡回を始め、いくつかの前哨部隊を駐屯させ、三月中旬には何人かの商人が市場に戻ってきた。しかし、戦略的に重要なバグダッドの一角で大幅な状況の転換を実現し、平安をもたらすには遅すぎた感は否めない。 ドーラ地区は、フセイン政権下ではながく政府職員に人気があったが、その人気は警察署などの公共施設への攻撃が激しくなった二〇〇四年初めころから下降した。同年八月には二つのキリスト教会が爆破され、小さいながらにぎわっていたキリスト教徒の共同体は追い出された。 その後は、この地域からシーア派を追い出そうという動きがつづいた。スンニ派過激派は南方のナジャフやカルバラの聖殿に向けてドーラ地区を通過するシーア派の巡礼者たちを攻撃するようになった。宗派対立による死者は昨年頂点に達し、今やほとんどのシーア派は、南方のアブ・ダシェールに押し込まれてしまった。また、政府で働いたり、イラク軍や米軍を助けたとみなされたスンニ派住民は、殺人や誘拐の標的となることを免かれ得ず、多くのスンニ派住民はヨルダンやシリアに逃れている。 ■立ち入り禁止区域 マディ曹長の部隊が所属する第一歩兵師団第四旅団の司令官、リッキー・ギッブス大佐は同じ任務に就いているイラク軍の兵士に対して、「私はこの地域の『タクフィール(背教者たち)』を片付けるために皆さんと共にいる」と話した。これを聞いたイラク軍の兵士たちは微笑んだ。本来、「タクフィール」とは、スンニ派のイスラム教徒が背教者、無信者とみなされるすべての人を破門する判定を下すことを意味する一般的なアラブ語である。 ギッブス大佐は、米軍が攻勢をかけた三月初めにドーラ地区の指揮を執るようになった。大佐は安定を回復する最大の障害は、ドーラ地区のイラク国家警察の少なくとも30%が終日任務を離れていることだと考えている。ドーラ地区のいくつかの地域は、いまだに政府軍にとって立ち入り禁止区域となっている。何人かの米軍将校は、今のドーラ地区の主要な敵は、怒りの感情と数を増しつつある復讐心に満ちたスンニ派過激派の若者たちだと話している。住民たちは米軍が彼らとイラクの治安部隊との間の緩衝地帯としての役割を果たすことを期待している。 ドーラ地区では三月下旬、爆発物を積んだトラックがゲーター前哨部隊駐屯地から数百b離れたイラクの警察署で爆発し、二十人が死亡した。ある米軍将校は、この地域で発見される死体の数は、先月米軍とイラク軍共同の平定作戦が始まると同時に一時的に減少したものの、また増え始めたと話している。 ■多方面作戦 マディ曹長は、暴徒の攻撃からドーラの市場を守るために約百万ドル(約一億円)をかけて周囲を有刺鉄線で囲む計画について、「希望の小島だ」と説明してくれた。彼は市場の約七百軒のうち百軒が店を再開するようになったことを誇りに思っており、ひとたび「希望の小島」が完成すれば、安全を確認したより多くの商人たちが店を再開すると考えている。マディ曹長は経済活動が盛んになればこの地区の住人、とりわけ若者たちが、「一時的な暴徒」になることを思い止まらせることができると考えている。 またこの前哨部隊駐屯地は市役所の機能が停止している現在、ドーラ地区の市役所のような役割を果たしている。マディ曹長はある業者とゴミ回収の契約を結んだという。ただ回収作業員は、米軍に協力しているとみなされ攻撃対象になることを恐れてか、決めた時間にはやってこないという。 マディ曹長は、ドーラ地区で最も暴力の横行しているトアマ地域で、部下が武装した一群と遭遇したという無線連絡を受けた。部下はその地域に到着するや、路上でAK47機関銃をもった六人の若者と遭遇、直ちに反撃し、一人が死に残りは負傷した。マディ曹長らは血痕のあとをつけて前進し、傷ついた青年を発見、手当てを施した。その青年は痛みのあまり苦しんでいたが、マディ曹長は、「この傷ついた青年は、この地区の暴徒の活動についての重要な情報源になる」と語った。
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