「沖縄の痛み分かち合う」 天皇陛下、御訪問のたび語られた思い


 天皇陛下は皇太子時代から、皇后陛下と繰り返し沖縄を訪れ、記者会見などでその都度思いを述べられてきた。

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天皇として初めて沖縄を訪問し、沖縄戦最後の激戦地となった摩文仁にある沖縄平和祈念堂で、犠牲者の遺族らを前にあいさつされる天皇陛下と皇后陛下=1993年4月、沖縄県糸満市

 1975年7月、両陛下(当時皇太子御夫妻)は初めて沖縄を御訪問。「ひめゆりの塔」で過激派から火炎瓶を投げ付けられる事件もあった。その日、天皇陛下は「(沖縄戦で)払われた多くの尊い犠牲は、一時(いっとき)の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人びとが長い年月をかけて、これを記憶し、一人ひとり、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」との「談話」を発表された。

 同年8月の記者会見では「沖縄がたどってきた道は険しいものだった。皆でこれを理解していくことが大事」と御発言。同年12月には「沖縄が教科書にどの程度出ているのか、この春調べてもらったが、非常に少ない。(沖縄の歌謡集の)『おもろそうし』など文学として取り入れたら、と文相に話したこともあります」と述べられた。

 87年10月、病気の昭和天皇の名代として沖縄を訪れ、「お言葉」を御代読。「健康が回復したら、できるだけ早い機会に訪問したい」。昭和天皇は希望をかなえられないまま、1年余り後に亡くなられた。

 93年4月、天皇として初の沖縄御訪問。即位後、早い機会に訪れたいという念願がかなったと述べ、「沖縄県が戦場となり、住民を巻き込む地上戦が行われ、20万の人々が犠牲となったことに対し、言葉に尽くせぬものを感じます」と語られた。

 即位10年の会見(99年11月)では「苦難の道を歩み、日本への復帰を願った沖縄県民の気持ちを日本人全体が決して忘れてはならない」と御発言。2002年12月には、「30年前(72年)の5月15日深夜、米国旗が降ろされ、日の丸の旗が揚がっていく光景は、私の心に深く残っております」と沖縄本土復帰の日を回顧された。

 03年12月、「私にとっては沖縄の歴史をひもとくということは島津氏の血を受けている者として心の痛むことでした」と御言及。陛下の母、香淳皇后は最後の島津藩主、島津忠義の孫に当たり、琉球が島津藩の支配下にあったことを念頭に置かれた発言とみられる。