三笠宮殿下、斂葬の儀


皇族方ら最後のお別れ

 先月27日に100歳で薨去(こうきょ)された三笠宮崇仁親王殿下の本葬に当たる「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の豊島岡墓地で営まれた。喪主の同妃百合子殿下(93)ら皇族方のほか、三権の長、ゆかりの人ら582人が参列し、歴史学や国際親善、スポーツなど幅広い分野で活躍した三笠宮殿下と最後のお別れをした。

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三笠宮殿下の「斂葬(れんそう)の儀」に参列される同妃百合子殿下と皇族方=4日午前、東京都文京区の豊島岡墓地

 三笠宮殿下のひつぎを乗せた霊きゅう車は、午前9時ごろに港区元赤坂の赤坂御用地内にある宮邸を出発。車列は皇居前などを経て、午前9時半すぎに同墓地に到着した。雅楽の葬送曲が流れる中、霊きゅう車はゆっくりと会場内を進み、葬場にひつぎが安置された。

 一般の告別式に当たる「葬場の儀」は午前10時すぎから始まり、儀式をつかさどる司祭長の東園基政日本・トルコ協会常任理事が、三笠宮殿下の生涯や功績を記した祭詞(さいし)を朗読した。

 その後、慣例で参列されない天皇、皇后両陛下の使者の河相周夫侍従長らが玉串をささげて拝礼し、百合子殿下、皇太子殿下御夫妻ら皇族方、親族らがこれに続かれた。

 正午前からは一般市民の拝礼が行われ、多くの人々が最後の別れをした。