APの20世紀10大ニュース
核、共産主義、第2次欧州大戦など
あと五日で、一九九九年も終わり、二〇〇〇年の新ミレニアムに入る。この記念すべき時に当たり去る二十日、米AP通信社は、この百年、二十世紀の十大ニュースを発表した。これは、AP通信が世界三十六カ国の報道機関七十一社に一位(十点)から十位(一点)までの順位をつけて投票を求めた結果の集計にもとづく「二十世紀十大ニュース」であるだけに、この百年、世界、人類に起こった重要な事柄を、大体その重要度順に挙げていて、素晴らしいセレクションだと思う。
まず、そのAPの二十世紀十大ニュースを列挙紹介しておこう。
(1)広島・長崎への原爆投下(一九四五年)
(2)ロシア革命(一九一七年)
(3)ドイツのポーランド侵攻(一九三九年)
(4)米宇宙飛行士による月面飛行(一九六九年)
(5)ベルリンの壁崩壊(一九八九年)
(6)ナチスドイツ敗北とホロコースト(一九四五年)
(7)オーストリア皇太子暗殺で第一次世界大戦勃発(一九一四年)
(8)米ライト兄弟の飛行機発明(一九〇三年)
(9)ペニシリンの発見(一九二八年)
(10)コンピューターの発明(一九四七年)
(1)広島・長崎への原爆投下は十五の報道機関が今世紀のトップ・ニュースに挙げた。十社は(2)ロシア革命のほうを、十二社は(3)第二次世界大戦開戦を一位に選んでいた。
原爆一発で広島では八万人、長崎では四万人が殺された。兵器の殺傷力の飛躍的拡大、というより大量殺戮兵器という異質の新兵器の出現である。(一九三八年以来知られていた)原子核分裂に伴い巨大なエネルギーが放出されるという現象を、米国が原爆という兵器に実用化した。
米国は四五年七月にその実験に成功し八月に広島・長崎に投下した。それは、日本に降伏を受諾させる重要要素となったが、人類を核兵器時代という新時代に投入した。
日本の反核運動家たちは来年アピール二〇〇〇などで、国内外において核兵器廃絶の運動を強化すると言っているが、自国の主権の防衛を何より重大視している国が、一旦手に入れた最強の兵器、核兵器を放棄するなどとは考えられない。
原爆に始まった核分裂の軍事利用は、後に今日のごとき、大量の原子力発電という形で人類に恵沢をも及ぼしている。
いずれにせよ原爆が今世紀人類に、その残虐性から第二次大戦終結、核軍備競争、第三次大戦を防いだ核による平和強制、などさまざまな大影響を及ぼして来た。二十世紀のトップニュースに挙げられたのは当然である。
次に(2)ロシア共産革命であるが、この一九一七年ボルシェビキ革命ほど二十世紀人類に深甚な災厄を与えたものはない。レーニン指導のもとボルシェビキがケレンスキー政権を破り、交戦中のドイツと無賠償、無併合の平和の布告を行った。
ボルシェビキ革命の成功、レーニン、スターリンのソ連邦の確立により、以後ソ連の人民は共産党独裁のもとで塗炭の苦しみを味うことになる。
共産主義は、一九一七年にソ連一国、世界陸地面積の一六・〇%、世界人口の七・七%を支配したあと、大戦後の一九五〇年までに面積で二五・八%、人口でも二五・六%にもその支配を拡大、最盛期の一九七九年には二十五カ国、面積で二六・九%、人口では三三・二%まで呑み込んだが、東欧ソ連自由化後の現在では、面積で七・八%、人口で二三・四%に減少している。
「共産主義の犠牲者」を思い起こし記念する記念館をワシントンに設立する基金設置に関する法律が一九九三年クリントン大統領の署名を得て成立している。この基金は共産主義の犠牲者を一億人とし、犠牲者一人当たり一ドル、全部で一億ドルを募金して「共産主義の犠牲者」記念館を設立する、としている。
同基金は「世界史全体を見ても、カール・マルクスのユートピア的空想ほど多くの人民を屠殺場に送り込んだ政治イデオロギーはない」、「一九一七年から八七年までの間にソ連の共産主義独裁者たちは六千二百万人を殺し、中国の共産主義独裁者たちは三千八百万人を殺した」、「この共産二政権だけで一億人が殺された」と、共産主義により、いかに多くの人命が奪われたか、共産主義の反人道性に改めて注意を喚起している。
(3)第二次世界大戦の発端となった九月一日のドイツのポーランド侵攻であるが、これに続いて英仏も九月三日、対独宣戦布告、第二次欧州大戦が開始された。
この戦争、実は独ソが八月二十三日突如発表した独ソ不可侵条約には秘密議定書があってポーランドの分割などを決めており、ドイツのポーランド侵入はこの密約に従ったもの。英仏が対独宣戦した後、九月十七日ソ連もポーランドに侵攻した。
英仏が、ナチス・ドイツのポーランド侵略のみに幻惑され、共産ソ連のポーランド、バルト三国、フィンランド侵略にもかかわらず、四一年六月の独ソ開戦以後は、ソ連を同盟国として扱うに至ったのは、スターリンにしてやられたヤルタ、戦後東欧処理に直結する欧米政治家の失敗だったように思えてならない。
(現代国際政治経済研究所所長 入江通雅)

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