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史実と虚構を混ぜた朝日物語


文芸評論家 菊田 均

300-4 「慰安婦」報道をめぐって朝日新聞は、「物語」につまずいた。物語とは、例えば『平家物語』の場合、「平家はこのようにして権力の頂点に至り、こうして滅亡した」というものだ。物語は史実(事実)と虚構(ウソ)の混合物だ。

 今回の騒動は、吉田清治という正体不明の男が、「慰安婦」について物語を作ったところからはじまった。どういう意図だったのか、彼はありもしない話をデッチ上げた。「吉田物語」は、最初に報道された1982年以後は、「朝日新聞物語」となった。

 30年以上も放置されてきた「朝日新聞物語」が同紙によって虚偽と認定されたのが2014年8月。恐ろしく長い時間だ。

 「物語の吸引力」には一定の強さが必要だ。震源地の吉田という人物は、虚構を承知の上で物語を作りあげたのだが、それに接した朝日新聞記者は、「吉田物語」を史実と信じたのだろう。記者個人と彼が属する新聞社の方向性にたまたま合致した物語だったからこそ、記者も新聞社も飛びついた。

 吉田氏は2000年に死んだという。その間彼は、「世間なんてチョロイものだ」と思ったかも知れない。本人は自分の物語が虚偽であることは知っているのだから、「バレたらマズイぞ」と思ったかも知れない。が、朝日新聞による誤報の確認が吉田死後14年のことであったために、吉田本人は、自分の物語が虚偽であることが明らかにならないまま死んでしまった。

 引っかかった人間がおおぜいいたのだから「吉田物語」は、最低限、人を引き付ける力を持っていたことになる。

 わかりやすさは人を引き付けるためには必要だ。そのためには、虚構も誇張も必要だ。加えて、選択も必要だ。事件の全体像の中から、選ぶものと捨てるものを選別する。余計なエピソードが含まれると、話がややこしくなる。実際に起こった話の順序を敢(あ)えて入れ替えることで、話がスッキリしたものになる場合も多い。

 安易な因果関係を導入することもある。『遠野物語』では、ある名家が滅亡した事件について、「蛇を殺したから」というわかりやすい原因を記述する。蛇殺しと一家滅亡には関係はないのだが、物語の上ではその種の因果関係がもっともらしく語られる。

 「吉田物語」として発生し、「朝日新聞物語」として世界的に流通し、そして今回、朝日新聞をめぐる騒動の前提になったのは、戦前期の日本を憎悪する気持ちだった。

 自国を悪く思う気持ちが必要以上に強かったために、その気持ちに沿って事実が収集され、物語が形成されるというパターンが長期間続いた。後味の悪い事件だったが、「物語の誘惑」はだれにでも普遍的に訪れるものでもある。「他人事ではない」と自覚することも必要だ。