肉親頼れぬ高齢者


 単身赴任を続ける東京から、地方にある自宅に帰った。久しぶりに会う妻とゆっくり自宅で過ごしていると、妻の携帯が鳴った。短い通話の後、妻が「Aさんを、病院から彼女の家に車で送ってくるわ」と言った。

 Aさんとは、筆者も1度会ったことがある妻の知り合いだ。高齢の彼女は、脳梗塞で倒れ入院している夫を見舞い、家に帰るのだという。「息子さんが一緒に住んでいるのに、どうして、あなたが送らないといけないのか」と尋ねる筆者に「なんか事情があるみたいよ」と妻。日頃から、車の運転ができないAさんを助けてあげているという。「じゃあ、きょうは、私が運転するよ」と、妻と2人でAさんを送り届けた。

 翌日、妻と一緒に喫茶店でコーヒーを飲んでいると、彼女の携帯がまた鳴った。「Nさんがトイレットペーパーを買ってきてほしいというのよ」と妻。初めて聞く名前なので、「どういう人?」と質問すると、90歳を超えて、近所で独り暮らしをしているおばあちゃんで、近くに息子さんが住んでいるが、仲が良くないらしく、そのため時々買い物をお願いされるのだという。

 「遠くの親戚より近くの他人」と故事にあるが、近くに肉親がいても頼ることができない高齢者が少なくないのが超高齢社会の現実のようだ。

 東京では、ファミリーレストランで独り、背中を丸めて食事する高齢者をよく見掛ける。これまでは「独り暮らしなのだろう」と勝手に推測していたが、それは間違いで、同居人がいても気楽さを求め、あえて独りで外食しているのかもしれない。都会では心許せる「近くの他人」を得ることも難しい。

 東京に戻ってから、妻から携帯にメールが入った。「お父さんに言いたいことがいっぱいあったけど、Nさんにすごく感謝されたので、すべての不満が吹っ飛んじゃった」だと。読み終わり、Nさんにすごく感謝した。(清)